奪うなら心を全部受け止めて

・俺が、…与ります


RRRRR‥RRRRR‥

「松下です」

「あ、もしもし、松下さん?」

「はい。佳織さん、どうされましたか?」

こんな時間帯に電話してくるなんて珍しい。
何かあったに違いない。

「松下さん…ごめんなさい、忙しいのに」

「大丈夫です。今、どちらですか?」

「マンションです。松下さんの…」

「解りました。そうですね、…30分、25分後くらいにはそちらに着けると思いますので、お話はそちらで。
お待ち頂いて大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫です。でも、松下さんお忙しいのに…」

来てくれるなんて。

「大丈夫です。出られるから行くんですよ。
俺の心配はいりません。
では、待っててくれるかな?佳織ちゃん」

「あ…、能さん。…はい」



「佳織さん、お待たせしました」

少し髪が乱れている。思わず手を伸ばし触れた。

「あ、ごめんなさい、急いでくださったんだと思ったらですね。ごめんなさい。
あの、こんな事で…、一々ごめんなさい。
あの…この部屋の鍵を持ってるのは、松下さんと優朔と私だけ?」

松下さんは触れられた髪に手を当て軽く撫でて直していた。

「え、あ…鍵?鍵は、はい、三人だけです。間違いありません」

「そうですよね…。……何か違うの」

「ん?違うとは?」

話をしながら、両腕を取られ、ソファーに掛けるように促された。

「何が具体的にって聞かれると、はっきり答えられないけど。優朔と会って…次に来た時、何か部屋の感じが違う気がするの。感覚の問題なんだけど、いじられて、直されてるような…。
ハウスキーパーの人とか頼んでます?
それとも松下さんは何か変えたりした?」

「いいえ。そのどちらもないです。俺は、鍵こそ持ってはいますが、佳織さんと優朔に渡してから、…つまり、優朔と佳織さんが使うようになってからは入ってないです。無断では一度も」

「そう…。だとしたら…私の勘違いなのかな…」

能さんは顎に拳を当てた。そしてコンコンと小突きながら考えごとをしているようだ。

「解りました。こうしましょう。鍵を換えましょう。そうすれば解決です。
そして優朔に、ここの鍵は厳重に管理するように言っておきましょう。
簡単にコピーされないようにね…」

「あ、あの…。やはり、…奥様」

そうじゃないかと、憶測でものを言ってはいけないのだけれど。他には考え難い。

「可能性は、ないとは言えません…」

「あぁ…。私、どうしたら…」

自分の体を抱きしめた。この部屋に来るなんて。…恐い。私、表立って目立つことはしていないはずなのに。そんなに、邪魔?

「佳織さんは心配なさる事はございません。寧ろ、侵入しているのが奥様だとしたら、両家の決め事を守っていない事になります。奥様といえどもそれは許される事ではありません。佳織さんの存在を脅かしてはいけません。
お二人の関係には一切関与してはいけない、そういう決まりですから。
条件は、あちらも同じなんですよ?」

「え?」

「優朔だけに与えられたものではありません。…奥様にも、お相手はいらっしゃる、という事です。しかも、…何人も。あちらは、愛のない愛人ですが…」

「…そんな。…許されるとしても、奥様には居ないと思っていました、そんな関係の人」

本来の意味での愛人が居る…。それって…奥様…。

「ですから、余計、佳織さんを脅かす事は出来ないはずなんですが。いや、居ても居なくても、してはいけないんです。
佳織さんは全くご存知ないと思いますが、奥様は…とても気の強い、プライドの高い方なんです…」
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