強引同期と恋の駆け引き



引き継ぎやなにやらで忙しくなるこれからを考えながら、終業時間になった廊下を歩いていると、度々呼び止められる。時には物陰へと連れ込まれ、その度に小さな包みを渡された。

ああ、今日は『例の日』だったな。

両手がすっかりふさがった頃になって、ようやく思い至った。
毎年毎年懲りもせずに押しつけてくる女子社員や、名前はおろか、まだ顔もよく覚えていない新人までもいた。『甘い物は苦手だ』と言っているにもかかわらず、中身は揃ってチョコレート、もしくはそれに付随するものとは、これ如何に?

そんな些事で時間を取られて課に戻ると、すでにフロアには人気がなくなっていた。

明かりが落とされた中、エアコンの作動音に混じってコピー機の動く音がして顔をしかめる。またアイツか?
人がいいにもほどがあるだろう。入社何年目だと思っているんだ。雑用なんか、いくらでも下に任せられるだけの立場だろうに。

引き受けてくれるからと、彼女に気安く頼む方もどうかと思うが――。

苛立ちつつ自分のデスクに戻れば、案の定、片倉が独り残って黙々と単純作業をこなしていた。



 ◇



三十分ほど混雑した電車に揺られ、腹を減らして帰宅すると、玄関の三和土に並んだ二組の靴にげんなりする。

革靴を脱ぎ終わるのも待たずにリビングに続く扉から飛び出してきたのは、もちろん新妻などではなく、とっくに嫁に行ったはずの姉とその娘。やっぱり来てやがったか。

「おじちゃん、おかえり~」

「お疲れ~」

母娘揃って両手を差し出す。これは決して、仕事で疲れて帰ってきた弟もしくは叔父の鞄やコートを持ってやろうなどという殊勝な心がけではない。
まあ、出し渋ったところで奪い取られるのは明白だし、俺には必要のないものだから、素直に紙袋を引き渡した。

「おっ! 今年も大漁だね。モテる弟を持って、姉として鼻が高いよ」

中を覗きこんでほくほく顔の姉。

「義兄さんだってもらってくるだろ?」

「んーっとね。パパは去年三つ! 既婚者という点を考えても、少なくない?」

妙なイントネーションをつけ語尾を上げて答える姪は、この春から小四になる。よく女子はませていると言うけど本当のようだ。

「ご飯、いるでしょう? お母さーん」

パタパタとスリッパを鳴らしてリビングへ戻っていく。自分は食べに来るだけのくせに。



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