桜の木の下に【完】

*直弥side*

健冶とはぐれてしまったオレ。

そんなオレはというと、気がついたらなんかわけわかんないとこに着いてしまった。

なにここ!気味悪いんですけど!

なんかお菊人形がいっぱい立ってて怖いんですけど!


「髪伸びたりするんだよな、こーゆーやつって」


物置部屋なのか、ところ狭しと物が置かれていて歩けるスペースがあまりない。

なんか埃っぽいしジメジメしてるし、なんなのここ。早く出たいんだけど。

白虎丸を従えて、前へ前へと進むと壁にぶち当たった。戻って適当に右に曲がったり左に曲がったりしていたら分厚い扉にたどり着いた。

出口…なのか?


『なンで、オレだけ……』


え?と思って振り向いたら、お菊人形がカタカタと音を立てて口を動かしていた。

ヘリウムガスを吸い込んだ後のような、奇妙な声だ。


『なンで、オレだケ…弱いンだ。悠人も健冶も強イ。いつも護られてばかりダ。情けナい。恥ずかシい』

「なんだよ、なんでそんなこと言うんだよ」


徐々に迫ってくる人形に恐怖を覚えながら、そう声をかけてしまった。

今まで俯いていた人形はピタリと止まって、カクッと顔を上げる。

ヒイッ、とオレは後ずさった。

人形と目があうのは気分が悪い。


『それはオマエがそう思ッたかラだ。オマエはいつも悔やンでいた。自分の才能を貶しテいた。役立たズだと』

「そんなこと思ってねえ!」

『サア?どうダか?』


人形がオレの後ろを指差してニタ、と笑った。

恐る恐る振り向くと、今まで扉だったのに鏡がそこにはあった。その鏡にはオレと、小さかった頃のオレの姿が映っていた。

驚いてもう一度人形を見ると人形ままで、また鏡を見たらオレになっていた。

どうなってんだよ、これ!


『オレはオマエだ。オマエの心の奥底にある本心ダ』

「んなわけあるか!」

『よく思い出セ。両親が死ンだときのことヲ』


両親が死んだとき……?

オレはあまり回らない頭で記憶を必死に手繰り寄せる。

土砂崩れの報せが電話で来て、オレがそのまま何も持たずに玄関に走ったら悠人に止められた。

続いて健冶にも腕を捕まれ「直弥はここにいろ」と言われた。

二人はオレを置いてさっさと家を出てしまい、一人取り残された。

追い掛ければそれでよかったはずだ。

でもオレの足は突っ立ったままだった。

足手まといになる、と瞬時に思ってしまったんだ。力が二人の方があるから、土砂崩れの現場を前にして何かできるかもしれない。

オレは?オレはそんな、役に立つことはできない。

土砂をどかしたり、人を探したりもできない。

ただ相手を倒すことしかできないこの力。

チカラってなんだよ?って話だよな。オレも思ったし。

オレの力は倒すことはできても、護ることには不向きな雷だからただの暴れん坊将軍なんだ。

白虎丸はいい相棒だ。向き不向きがあるのもわかってる。

悠人みたいに風になって広い視野を持つことはできないし、健冶みたいに水を変幻自在に操って臨機応変に対処するような器用さもない。

オレは馬鹿みたいに力を振りかざすことしかできない能無しだ。

あのときだってそうだ。健冶が明月に襲われていたときもオレは怯んで動けなかった。オレは自分の弱さがよくわかっていた。

オレは無力だ。

そんな下らない気持ちが、二人を追うべき足を、健冶を庇うべき足を、縛った。

オレって、いる意味あるのかな。


『意味ハない。あるのは無力ダけだ。つまり、オマエはナニも持ってなイ。二人のように強くナい』

「…………」


オレは鏡ごしにオレを見た。

無表情のオレは、無表情のオレを見ている。

鏡に映ったその顔が、今のオレの本当の姿なんだ。


「カッコ悪……ダッセーな」


ハハ、と力なく笑ってみた。


「この上なくダサいよな?白虎丸」


呼ぶと、鏡から顔を覗かせた。

その瞳は試すように妖しく光っていた。

ここで堕ちたら獲って食うぞ、とでも言わんばかりに。


「オマエが何したいのかわかんねーけど、オレが目障りなんだろ?のうのうと息してるオレが」

『ナに……?』

「だったらこんなオレなんか、殺してやるよ」


オレは鏡ごしにアイツに笑ってみせると、目の前の銀色の板に思いっきり拳を叩きつけた。

ガシャン!とヒビが入ってボロボロに崩れて、バリバリバリと床でいくつもの破片に砕けていくオレの歪んだ姿を眺める。

今のオレは、どんな感じに見えてる?


「もちろん、かっけーよな!」


白虎丸に振り向くと、満足そうに目を細めていた。

バカでもアホでも上等だ!

それがオレだからな!


『バカな…オマエはそれでイイのか』

「ったりめーだ!こんなオレだからいいに決まってんだろ。力が欲しくないわけじゃない、でもゼロじゃないんだからこれから百に近づければいいんだ!まだまだオレにできることはたくさんある」

『そうカ……』


お菊人形は消え入るような声でそう呟いた。

もうオレを陥れようとは思っていないらしい。


「で、こっからどう出りゃいーんだ?鍵かかってるし」


鍵を割ったらまた扉が後ろから現れて、それをよく見たら鍵がかかっていた。

鍵なんて持ってねーぞ。


『鍵ならココにあル。オレを持ち上ゲろ』

「お?」


お菊人形が両腕を高く上げてオレに言ったから、言われた通りに持ち上げた。


『バカだな。きちンと抱け。ぐラつく』

「意外と重いしデカくねーかオマエ。赤ちゃんぐらいあるだろ」

『悠斗はその重みヲ二つも背負っていタ。アイツにとっては嬉しイ重みダッたに違いナい』

「そうか?」

『そう願オう』


お菊人形は優しい声色で懐かしむように前を見ていた。


『オレはもうドウでもよくなった。でもオマエは違ッた。前に進ムことヲ選んだ。そんなオマエを誇らシく思ウ』

「なんの話だ?」

『わかラなくてイイ。こんな姿になっても親が子を想ウ気持ちは変わらナい、と伝えておコう』

「ちょ、待て!どーゆー意味だっ!」

『早く行けよ、バカが』


お菊人形は懐から鍵を取り出すと、ガチャリと鍵穴を回した。

すると、音もなく目の前の扉が開き、強い風がオレをその中に吸い込ませようとした。

オレはお菊人形の言葉が引っ掛かって、このまま行けるか!と扉の前で大の字になって踏ん張った。

首を後ろに回して「冗談じゃねえ!」とお菊人形に向かって怒鳴る。


『オレたち一族は土砂崩れに巻キ込まれ死ンだ。その後、力不足になっタ明月が現れ、オレたちの亡骸から残ってイた力を吸い取った。ソのとき、オレたちノ意識の残り香が明月の中で復元サれ、様々な形となり具現化されタ。そレを明月は知らズ、こうしてヤツが作ったワナの中に留まルことがでキた。ここにある全てのモノはみな……』

「っ!親父っ………!」

『意地悪して悪かっタ。明月にはコノことを隠すためニ、オマエに酷いことを言ってしまっタ…また会えてヨカッタよ。大きくなッたな、息子たちヨ』

「親父ーっ!!!!」


お菊人形が一粒の涙を流した瞬間、オレは手が滑って扉の中に吸い込まれてしまった。

放り出された暗い空間に反して、今出てきた空間にはぽっかりと四角い白い光が浮かんでいる。

その光の向こうでは、オレがいなくなった瞬間にあの禍々しいつたが上から降りてきて、次々と下を串刺しにした。

やめろ、やめてくれ……

親父たちが……

事態に気づいた明月が親父たちを処分したんだと気づいた頃には、もうその四角い光は見えなくなっていた。


「親父っ……なんで……」


あのお菊人形も、床に転がっていたボールも、壁に飾られていた壊れた時計も全て、全て……!


「った!いッてーな……」


泣きそうになったジャストタイミングで腰が何か硬いものにぶつかり、オレは別の意味で涙した。

確認すると、硬い床の感触が手のひらに伝わる。


「どこだよここ…」


身体を起こし見渡すと、薄暗い部屋には必要最低限の家具があった。

そして、倒れている人……


「おい!なんで!なんでここにいんだよ!しっかりしろよ!!!!」





























………悠斗っ!!!!

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