金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私は須藤くんの意図しているところが分からず、数秒間フリーズした。
そして、もしかして...?という一つの可能性が首をもたげ始める。
これは、もしかしてまさかの、共に勉強しないか的なアレ...!?
えええそんな、と私はふためいた。
そんな私に、須藤くんも慌てたように手を横に振る。
「あ、いや、ちょっと言ってみただけだから嫌だったら全然...。」
嫌だなんて
そんなはずないのに。
ただ、想像しただけで、もう目の裏がチカチカして胃が口から出そうになって、こんなの勉強どころじゃないと思っただけだ。
教えてもらうってことは、まぁ隣...まで行かなくても、それなりの至近距離で、あの顔やら声やら髪やらに触れちゃったり触れられちゃったりするかもしないかもで…。
その中で大人しく数学の勉強だなんて、正気の沙汰ではないように思えた、ただそれだけ...。
というか、一番の問題は。
「...あの本当に全然嫌とかじゃなくて、むしろありがたすぎて、でも、その、なんていうか...須藤くんの勉強時間奪ってまでって、申しわけない、し...。」
須藤くんは少し考えて、また何かを思いついたように眉を上げた。
「...あ、じゃあさ、長谷川さん、俺に英語教えてくれる?」
「...えっ?」
反射的な私の困惑の声に、須藤くんは口角をあげる。
「俺の英語こそ、やっても分からないからどうしようもなかったんだ。
長谷川さんが教えてくれたらめちゃくちゃ助かるし、それで俺も教えるってことなら、フェアだし。」
え、待ってでも...。
私が口を挟もうとしたのを、須藤くんは遮った。
「ーーーそれとも、」
突然の低い前置きが、部屋に響いた。
須藤くんの真面目な顔で、さっきまでの和やかな空気から一転、キュッと引き締まったのを肌で感じる。
須藤くんは、その低い声で私に告げた。
「...迷惑なら、そう、言って欲しい。」
...さっきまでの笑みが嘘のように、真剣で、でもどこか儚げな憂いを帯びた瞳が、私を捕らえる。
ドクン、と内側から鼓動が響いた。
顔がだんだん下から紅潮していくのが分かる。
一気に、息苦しくなる。
須藤くんに見つめられると、逸らせないから。
須藤くんは、一度目線を下げて、確かめるように念押しした。
「...長谷川さん。正直に言って。」
そして、小さく問いた。
「.......嫌?」
フルフル
と私は小さく首を横に振った。
一瞬の躊躇いすら、無かった。
何故か、目がじわりと滲んだ。
何度だって想う。
須藤くんが嫌なわけ、無い。
「...じゃあ」
須藤くんは重ねて尋ねる。
少し目線を揺らして漂わせてから、私の目を見直して、確かめるように、探るように、私を覗き込んだ。
「...嫌じゃない?」
.....須藤くんの低い声が、微かに擦れて聞こえた。
きゅうっと、胸が締め付けられるように、痛く感じる。
...反則だ。
狡すぎるよ、そんな聞き方。
もう答えは分かってるんでしょう...?
私は下を向いて、下唇を噛んだ。
胸がいっぱいいっぱいで、さっきとは違う何かで、苦しい。
チラッと目線だけあげると、須藤くんが私の返事を待っているのが分かる。
前髪の向こうからこちらを伺うような目に、後押しされるように。
...須藤くんの問いに、私は小さく、頷いた。