俺様御曹司と蜜恋契約
「まぁまぁそう怒るなよ。せっかくの飯がマズくなるぞ」

葉山社長はテーブルの上の料理に手を伸ばす。今日のメインは麻婆豆腐で葉山社長からのリクエストだ。

「私じゃなくても葉山社長には彼女なんてたくさんいますよね?ほら、あのカフェの店員さんでもよかったじゃないですか」

前に一緒に行ったカフェで葉山社長がそこの店員の女性に自分の連絡先を渡していたことを思い出す。

「カフェの店員?……ああ、レイちゃんのことか」

レイっていう名前なんだ。その子は分かりやすいくらいにはっきりと葉山社長に興味があったみたいだし、葉山社長も連絡先を教えたということはそれ以降も二人は会っているということ。インタビュー用に彼女をでっちあげるなら私じゃなくてもレイちゃんでも誰でもよかったはずなのに。どうしてよりによって取引で付き合っているだけの私なんだろう。すごく迷惑だ。

「そのレイちゃんっていう子でもよかったんじゃないですか」

「なんで?」

「なんでって…。だって連絡先教えてたじゃないですか。会っているんですよね?」

そう質問すれば少し間を空けてから「ああ」と葉山社長が小さく呟いた。

「1回会ってご飯食べに行ったけどそれっきりだな。向こうからは連絡くるけど俺からはもうしねーし。一回会ってもう飽きた」

そう言って、葉山社長は麻婆豆腐を白いご飯の上に乗せて大きな口でぱくりと食べた。

飽きたって……。
さすがモテる男は違うなぁ。レイちゃんのことはよく知らないけれどなんだかかわいそうな気がする。

でも、そっか…。
葉山社長は飽きたらもう会わないんだ。私のことも飽きたらレイちゃんや他の女性たちのようにあっさりと会わなくなってしまうのかもしれない。そしてたぶんそこでこの取引はおしまい。私は葉山社長から解放されてこの関係も終わりになる。

それでいいはずなのにどうしてだろう。少しだけ寂しく感じてしまうのは……。

「それに今の俺の1番は花だからな」

食べる手を止めて葉山社長がふと口を開いた。

「彼女って言われて花のことが真っ先に思い浮かんだ」

「…………」

その言葉にどう返したらいいのか分からない私は麻婆豆腐に手を伸ばしてそれをもぐもぐと食べ始めた。

彼女って…私は葉山社長の本当の彼女じゃないのに。

信じたらいけない。

葉山社長のこの言葉だって別に深い意味なんてないんだから。

それなのにどうしてだろう…。

今の1番は私だと言ってもらえたことが嬉しく思えてしまうのは。

葉山社長との関係はただの取引だ。この人は森堂商店街を再開発しようとしていた会社の社長。敵のはずなのに。絶対に好きになったりしたらいけない人のはずなのに。


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