専務と心中!
しかも地下駐車場って……社用車しか駐められないのに……。

「よく入れたわね。」
バタバタと編纂室の鍵を締めて、ロッカーへ。

『ぐっちー専務が、手配してくれた。』

大慌てで着替えて、役員専用エレベーターで地階へ降りる。
昨日はあんなにも幸せだったのに……たった1日で、まるで天国と地獄だ。

「そう……専務が……。」
涙がまた、こぼれた。

『ああ。碧生の提案だけどな。』

エレベーターを降りると……あれ?
薫の黒いロードスターでも、大きなエルグランドでもない。
スミレ色のパッソ?

「にお!こっち!」
薫が運転席から顔と手を出して私を呼んだ。

「これ、どうしたの?泉さんの車?」
何だか、また一回りたくましくなった薫に多少どぎまぎした。

「ああ。師匠に借りた。この車のほうが目立たんから。あ。におは、後部座席の下。毛布敷いたから。これ、かぶって、もぐっとき。」

薫に指示されるまま、私は後部座席の足元の狭い空間にうずくまった。
上からファーのシートカバーをかけられたようだ。

「ほな、行くで。多少運転荒くなるかもやけど、我慢しいや。すぐやから。」
「うん。お願いします。」

車が静かに動きだす。
暗かった車内に光がさしこみ……窓越しに喧騒。
そして、夕日とは明らかに違う、まぶしいほどのフラッシュの嵐。

「めっちゃ覗き込まれてるわ。動かんときや。」

薫が小声でそう言いながら、クラクションを鳴らした。
何度も何度もクラクションを鳴らして、ゆるゆると薫は進んだ。

「脱出成功。……いや、バイクがついてきたわ。」
「え!」
「大丈夫大丈夫。まさか奈良まではついて来んやろ。窮屈やろけど、もう少し我慢してな。」

薫の言葉に、私は力を抜いて、床にべったりと寝そべった。
毛布のおかげで、抵抗感はあまり覚えなかった。

「ありがと。……薫、専務と話した?……専務の様子、どうだった?」
そう尋ねると、薫は明るい声で言った。

「ぐっちー?意外と、あっけらかんとしてた。あれで、けっこう肝が座ってるのな。……におのこと、助けてほしいけど、手を出すなって釘刺されたわ。」

また、そんなことを!
こんな時まで……阿呆ちゃうか!

「ごめん。なんか、恥ずかしいわ。ほんっと、頭に花咲いてはるわ。」
そう謝ると、薫は笑った。

「おもしろいわ。飄々としたイイヒトやのに、鋭いし。くやしいけど、にほには、まあ、お似合いやな。」

……鋭い?
……くやしい?

まさか、薫?
今さら私に本気で未練なんか……ないよね?
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