専務と心中！

「布居さん、競輪するのかい？珍しいねえ。」

専務は、温かい甘酒を買ってくれた。
寒風に吹かれながら、競輪場のスタンドで、専務と甘酒……何だろう、この状況。
社長一行の天神さんについていくのと大差ないような……いや、全然違うか。

「幼なじみが競輪選手なので、その応援です。……私も、専務がいらっしゃるとは思いませんでした。競輪、お好きなんですか？」
当たり障りなくそう聞いてみた。

すると専務は、ニコニコニコニコ。

「実は、はじめて。中沢が……あぁ、さっきの無駄にイケメンのひょろっとした男。学生時代の友人なんだ。実はあいつ、長らく行方不明だったんだけどね。」
「行方不明？……ですか？」

ちょっとびっくりした。
現代日本で、そんなこと、あるの？

専務は、くすくすと笑った。
「うん。笑うだろ？あいつ、県下有数の横浜の進学校の高校教師だったのに、突然出奔してしまったんだよ。……この正月に、たまたま有馬温泉でバッタリ遭ってね。聞けば、奈良で予備校の講師してるってゆーから、会いに来たんだけど……なぜかココに引っ張られてきてね。」
専務はそう言ってから、肩をすくめて見せた。

「夜逃げ？……お金？……ですか？」

競輪の借金で首が回らないとかなら、まったく笑えないんですけど。
恐る恐るそう聞いた。

……ら、専務は、明る～く笑って言った。
「そうそう。さっきの、あの、泉選手？あの選手に惚れ込んでしまって、給料も貯金も、家の財産も全部つぎ込んだんだって。」

……笑ってはるわ、このヒト。

しかも、馬鹿にしてるとか、蔑んでるんじゃないのが伝わってくる。
単に、あの中沢さんを「オモシロイヒト」として愛でているように感じた。

なんてゆーか……お育ちのいいぼんぼん、って匂いがぷんぷんする。
てか、ほとんど初対面の私に対しても、気さくでフレンドリーだわ。
……自分の会社の末端社員なのに……あ、そうだ。
迷惑って、何だろう？

さっきの専務の言葉の意味を尋ねようとしたら、中沢さんが戻ってきた。
「お姉さん、他のレースは買わないの？水島くんのだけ？」

そう聞かれて、私は首を少し傾けた。
「そのつもりだったんですけどね。どうせ、泉さんに差されてのワンツーでしょうし……車券は明日までやめとこうかな。」

私の言葉に、専務が不思議そうな顔をした。
「よくわかんないんだけど……その２人で決まる自信があるなら買うべきじゃないのか？」

……だって、配当が安いんだもん。
泉さんー薫で280円だよ。