専務と心中!
薫は、これまではあまり位置にこだわっていなかった。
どこからでも、赤板(残り2周)か残り1周半の打鐘(ジャン)には先行に持ち込むのが薫の競走スタイルだった。
たまには前に位置したラインが突っ張り先行してしまい、薫が捲りになることもあるけど、それでも常に後ろを連れてく、ラインに優しい競走を心がけていた。

でも、今日の薫は……仁義なき「てめぇだけの捲り屋」に徹した。
地元記念の準決勝だから、ラインを組んだ後ろの選手が近畿の先輩じゃなかったから、まあ、許されるのかもしれないけれど、薫らしい競走ではなかった。

赤板からレースが動き出す。
後方ラインが前へ出る動きを見せても、薫は動かない。
先方にいたラインも、薫の動向を気にしている。

結局、打鐘の後、しぶしぶ後方ラインが風を切った。
7番手をおとなしく回っていた薫は、最終周回2コーナーから一気にスパート。
まるで単騎の自力選手のように……いや、独りだけエンジンの違いを見せつけるように、6人の選手をごぼう抜き。
2着に3車身以上の差をつけて、ぶっちぎりの1着をもぎ取った。

薫らしくない競走に、客は賛否両論。

「あっはっは!水島くん、1着なのにしょんぼりしちゃってるよ。客、野次り過ぎ!……僕、この奈良が一番きっついと思うよ、客の野次。」
中沢さんは、比較的高配当の車券をゲットしてご機嫌さんらしい。

「水島くーん!かっこいいよー!」
そう叫んで、はしゃいでいた。

私も多少の罪悪感を覚えたけれど、
「水島くーん。お疲れ様-!」
と、ねぎらった。

がっくりとうなだれて肩で息をしていた薫が、小さくうなずいた気がした。


「や~。よくついたね~。これで、しょーりの車券も手広く勝負できるよ。布居さん、ありがと。」
中沢さんは、けっこうな額の払い戻しを受けたのに……それを、泉さんに全部賭けるらしい。

「あ~、じゃあ、私、今日は帰ります。」
そう言ったら、中沢さんがガシッと私の腕を掴んだ。

「いいじゃない!最終まで観ていきなよ!」
「え!えーと、帰ります。こんな時期に3日も外にいたら、風邪引いちゃうし。……明日、また来ますね。」
そう言って、ひらひらと手を振った。

「……まあ……布居さんだけじゃなく、若いお嬢さん達って、薄着だよね。女の人は冷やしちゃいけないのに。」

中沢さんはぶちぶちそう言いながら、手を離してくれた。
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