専務と心中!
翌日曜日も決勝戦に間に合うように、ゆっくりと出かけた。
駅に向かって歩いていると、スマホへの着信を知らせる振動を感じた。

……誰?
椎木尾(しぎお)さん?

画面には見知らぬ番号が光っていた。
悪戯かしら。
じっと見ると、一旦電話が切れた。

でも、すぐにまた同じ番号が光り始めた。

「……もしもし?」
私が電話に出るのと、クラクションを鳴らされるのとほぼ同時だった。

びっくりして、肩をすくめて振り返った。

見覚えのある黒いホンダS2000。
窓からニコニコ顔を出してるのは、我が社の専務。

……冷静に考えてみれば、すごいな……この状況。

「こんにちは。にほちゃん。中沢からまだ競輪場に来てないって聞いてね。もしかしたら間に合うかな~って。」
専務はそう言って、私を手招きした。

まるでストーカーですよ。
そう言ったら、専務、傷つきそうだな。

てか、言いたいことはイロイロあった。
けど、専務の格好を見たら、何も言えなくなってしまった。

「……なんちゅう格好してはるんですか。」
専務は、いわゆる正装だった。

「大阪で経済界の偉いさんの社葬があってね。……社長は秘書課の課長に任せて逃げてきてしまったよ。」
飄々とそう言ったけど、いかにも走り屋の車にモーニングコートのお上品な専務……まったくそぐわない。

「てか、その格好で競輪場に行く気ですか?」
呆れてそう聞くと、専務はニッコリと笑って、後ろを指さした。

「ベンチコート、買ってきた。足元まで隠れるし、大丈夫だろ?温かいし。にほちゃんの分も買ってきたよ。寒そうだったから。」
そう言ってから、専務はちらっと私の脚を見て、慌てて目をそらした。

「……なんか、今の、やらしい。」

「いや!今日も寒そうだな、と思って。……目のやり場に困るし……うれしいけど……いや、でも、他の男にはあまり見せてほしくないし……」
ぶつぶつと専務はそんなことを言った。

……控えめながら、好意と独占欲の片鱗が見えて……私は、ちょっとだけテンションが上がった。



競輪場の駐車場は、ほぼ満車。
正面入口からかなり遠くの駐車場まで回らされてしまった。

専務は私に白いベンチコートを手渡してくれた。
スリムタイプのダウンコートで、けっこう可愛かった。
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