専務と心中!
思わず、目線を落とした。
すると、専務の手がためらいがちに私の手の方に伸びては引っ込んだり、さまよったりしてるのが視界に入った。

……行け行けGOGOになろうとして、まだ、なれないわけだ。
かわいいなあ、このひと、やっぱり。

私は、敢えて無視して顔を上げた。

「一昨日と別人のように詳しいですね。競輪、勉強して来たんですか?」
「あ。うん。……実は、資料は揃えてたからさ、この2日間で全部読んで覚えてきた。」

資料……ね。

「てことは、以前から競輪に興味あらはったんですか?」
「うん。ギャンブルは好きなんだ。学生時代はラスベガスに入り浸ってたし、家族旅行はカジノのあるところばかりだったよ。」

専務はそう言ってから、ふふっと笑った。

「ほら。にほちゃんのファンのホームレスのおじさん。彼の話によく競輪用語が出てくるから、俺もちょっと勉強する気になったんだけどね……『やめとけ』って言われてね。」

中沢さんのクールな声が響いた。
「そのかたの言う通りだよ。ぐっちーは、ちょっと心配。情に厚い奴ほどハマってしまうんだよ、競輪は。……ギャンブルの終着駅だからね。」

専務は、中沢さんをじっと見て、苦笑した。
「……そうか。気をつけるよ。」

ギャンブルの終着駅……か。
私は、あくまで薫の応援のつもり。
今は薫が上り調子に強くなってるから、私も順調に儲けさせてもらってるだけ。
たぶん、ギャンブルとして楽しんでない。

……何となく……専務の賭けっぷりは、確かにギャンブラーの片鱗を感じるかも。

しかし、留学中にラスベガスで遊んでたのか。
もしかして、シンガポール人の奥様と出逢ったのも、アメリカでなのかな?
イロイロ聞いてみたい。

ちらりと専務を見た。
……目が合った。
専務は、ニコッと好いたらしい笑顔を見せた。
だだ漏れの私への好意に、私の頬も勝手にへらっと緩んだ。


決勝メンバーが入場してきた。

「さあ、来たよ!」
中沢さんがスタンドで立ち上がった。

「おい、後ろに迷惑……でもないか。」
私たちは、スタンドの上、つまり後ろのほうに座ったので、振り返っても誰もいない。
中沢さんは、そのつもりでわざわざこの位置まで上がって来たのだろう。

「ここからじゃ、声、届きませんねえ。」
そう言ったけど、もう中沢さんの耳には届いてなさそうだ。

全神経を、泉さんの一挙一動に集中してはるわ。
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