専務と心中!
「よしっ!行けっ!しょーり!」
中沢さんが、叫んだ。

びっくりして、バンクを見る。

泉さんが、薫を捨てて、発進していた!

「はあっ!?番手捲り!?ふざけんなっ!」
思わずそう叫んで、私も立ち上がった。

専務は、
「わっ!」
と、声をあげて、椅子からずり落ちたらしい。

けど、今はかまってられない!

泉さん、ひどい!
こんなにがんばってる薫を見捨てるなんて!
鬼畜!
最低!

薫はずるずると下がっていく……。
対照的に、泉さんは見事な番手捲りで後ろの選手を連れてゴールを駆け抜けた。

地元選手の優勝に、場内は大賑わい。
……でも、私は地団駄を踏んで、怒っていた。

ひどいひどいひどい!


「あはは!3人とも的中~!ぐっちー、家、建つよ!……なんで、そんな格好してんの?」
椅子から落ちて尻餅をついている専務に、中沢さんが不思議そうに言った。

「……腰が……やばい……。」
専務が情けない顔と声でそう訴えた。

え!?

「大丈夫ですか!?」

私、突き飛ばしちゃったんだっけ?
いや、そんな記憶はないけど……。

でも、私が立ち上がった弾みでこうなってしまったのは間違いないよね。
「すみません!立てますか!?」

専務は苦笑した。
「スケベ心を成敗されてしまったよ。」

……そうか……下心、あったのか。
ニコニコと上品な笑顔だから、いやらしい感じに見えないんだけど。

「はい。」
どんな顔をしていいのか戸惑いつつ、私は専務に手を差し伸べた。

「ありがとう。」
専務はニッコリほほ笑んで、私の手に掴まった。

……でも、本当に腰を痛めてしまったらしい。
そのまま笑顔が凍り付き、脂汗を流して……専務は固まってしまった。


泉さんの表彰式を、専務と私は救護室のモニターで見た。
中沢さんが、金網に張り付いてはしゃいでるのが映っていて、笑ってしまった。

「楽しいお友達ですね。」
「いや、あいつ、むしろクールなニヒリストだったんだよ。何か、まるで別人だけど。……家も社会的地位も捨てて、軽やかになったんだろうな。幸せそうで、むしろうらやましいよ。」
ベッドにうつ伏せたまま、専務はそう言った。

専務も、家庭だけじゃなく会社も捨てたいのかしら。
ちらっとそんな風に感じた。
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