専務と心中!
「立てますか?」

専務は何とか立とうとしたけど、まるで生まれたての小鹿のようにへにゃりと力尽きてしまった。

「担架貸してよ。」
中沢さんが警備員さんにそうお願いしてから、再び電話をかけた。

「あ、ねえ。力のある若いの、連れて来てよ。救護室。……もう、客はみんな帰ったよ。非常事態だもん。いいよね?」
話が見えない警備員さんは首を傾げていた。

ほどなくやってきたのは、薫と、若手の選手だった。
「水島くーん。お疲れ様。ありがとうね。」
中沢さんは薫にしがみつかんばかりだ。

「いや。……師匠が優勝してくれて、よかったです。」
薫は控えめにそう言ってから、私を見て怪訝そうな顔になった。
「にお。いたんや。……声、聞こえへんかったし、周回中も探したのに見えへんかったから、今日は来てへんと思ったわ。」

……あ……そっか。
脚見せも、レースも、叫んでないわ。

「ごめん。観てた。……残念やったね。」

そう言ったけど、中沢さんはカラカラと笑った。
「とか言って!僕たち、3人とも的中したんだよ。ふふふふーん♪」

「……そっか。よかったな。」
薫は笑顔をつくろったけど……明らかに傷ついていた。

ううううう。
ごめん……。
いつも通り、薫と心中車券だけにしときゃよかった。

ばつが悪い私をよそに、薫たちは専務を担架で運んでくれた。
「俺、エルグランドで来てますんで、そのまま寝転がってください。」
薫はシートをフラットにして、専務を寝かせた。

「すまないね。ありがとう。……えーと、にほちゃんの幼なじみの、水島薫くん?はじめまして。東口です。よろしく。」
専務は、いつものニコニコと好いたらしい笑顔でそう挨拶した。

「……ども。中沢さんのお友達ですか?……何か、俺らまでご馳走になるそうで、すみません。」
薫の挨拶に、私は引きつった。

「やっぱり……薫だけじゃなくて、泉さんも来るんや……こわーい。あ、薫。こちら、私の勤めてる会社の専務。」
イロイロばつが悪い気がしたので、私は敢えて明るくそう紹介した。


結局、専務の車は駐車場に残してくことになった。

「明日、俺が会社に届けますよ。」
薫が気楽にそう言ったけれど、
「いや。悪いからいいよ。腰が楽になったら取りに行くよ。ありがとう。」
と、専務は断った。

「かまへん。甘えとき。」
師匠の泉さんは、自分より明らかに年上の専務に対しても、何となく偉そうにそう言った。
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