専務と心中！

「内緒の話。若女将が昔つきあってた男がね、今、大広間の客の中にいるんだって。別れても彼女は彼のこと、ずっと好きだったからさ……。」
専務は声にならない声で、私の耳元でそう囁いた。

「……そうなんだ。でも、それなら、再会できてよかったですね。」

私がそう言うと、専務はキョトンとして、それからくっと笑った。
「まったく……にほちゃんは、前向きというか……たくましいな。そういうとこ、好きだよ。」
そう言って、専務は私の頬にキスした！

うわ～～～！
びっくりした！

でも、決して嫌がってない！
会社の専務なのに！
家庭のあるヒトなのに！

……いやいやいや。
ここは、ケジメをつけるべきでしょう！
私は、慌てて表情を引き締めた。

「お子さんの前で、同じこと、できますか？」

奥様を引き合いに出すより効果的だと確信してそう言った。

でも、効果が強すぎたらしい。
専務の表情が、いかに傷ついたかを現していた。

「……決めたんだよ。」
しばらくして、専務がそうつぶやいた。

「何を？離婚？」
わざと鼻でせせら笑うように、そう言った。

「……いや。離婚は、とっくに決めていた。全部片付いてから、改めてにほちゃんに近づいて、求愛するつもりだった。でもほら、予定よりだいぶ早くこんな風に手が届く距離まで近づけた。」
専務は、ずいっと一肘進んで、私の腕をガシッと掴んだ。

……普通は「一膝」なんだけど、今の専務は匍匐全身状態なので、「一肘」だ。

「これは、運命だ。」
専務は力強くそう言った。

……すごく勝手なこと、言ってはる。
まるっきり、ストーカーの論理じゃない？
なのに、どうして私はこんなに……ドキドキしてるのだろう。

専務は、私の顔を下から覗き込んで、満足そうにうなずいた。
「よしよし。嫌がってないな。……今は、それだけで充分だよ。」

そうして、顔をしかめながら何とか起き上がると、専務は恭しく私の手を取った。

手の甲に、そっとキスされた……。

「にほちゃんの言う通りだ。今、感情で突っ走るのは、息子にも、父にも、社員にも、……誰よりも、君にも申し訳がたたない。だから、少し待っていてくれないか？」

待つ？
私が？
何で？

……それじゃまるで、私が専務を好きみたいじゃない？

もちろん嫌いじゃないけどさ。
てか、まあ、惹かれてるけどさ。
でも単に、ヒトとして興味があるだけだと思うんだけど……。