専務と心中!
……お手伝いさん、いるんだ。
さすが~。

恐る恐る押すと、スピーカーから柔らかい女性の声が聞こえてきた。
「……どちらさまでしょうか?」

何となくイントネーションが……カタコト?
もしかして、奥様なのだろうか。

返事に窮していると、専務が声を出した。
「俺だ。腰を痛めた。ばあさんの車椅子があったろう?持ってきてくれ。」

……家に車椅子があるんだ。

スピーカーからの返事はなかった。
ただ、ハッキリと舌打ちが聞こえてきて、ガチャンと乱暴な音がして、途切れた。

「……なるほど。離婚は本当なんだ。」
薫がボソッとそうつぶやいた。

専務は恥ずかしそうにうなずいて、それから開き直ったらしく顔を上げた。
「面目ない。けど、嘘は言わない。水島くんにはこうして世話になってるのに図々しいけど、にほちゃんから手を引いてくれないか?」

薫にお姫様抱っこされてるくせに、専務はそんなことを言った。

……おかしいよ、専務。
ものすごく、滑稽。
私は、呆れるより笑ってしまった。

でも薫を見上げる専務は真剣だったし、薫もまた真顔で専務を見下ろしていた。

少しの間を置いて、薫が苦笑した。
「相手が違いますよ。俺は幼なじみ。におには、彼氏がいますから。」

でも専務は首を横に振った。
「椎木尾(しぎお)くんは、意外と不誠実なようだ。……水島くんのほうが、怖いよ。」

……どういう意味?

「椎木尾さん、浮気か二股でもしてましたか?」
ヒトのことは言えない。
私は静かにそう尋ねた。

専務は、少し逡巡してから、思い切って言った。
「ごめん。確認して裏をとってから、にほちゃんに言うつもりだったんだけど……土曜に仕事で会った時、社長がからかっていたんだ。……椎木尾くん、金曜は定時退社で恋人と有馬に泊まったらしい。」

金曜日?

確認するまでもなく、私じゃない。
……だって、私、薫のレースを見に行って……中沢さんや専務と奈良公園で豪華なお鍋食べて……専務に送ってもらって……。

「……なるほど……。」
妙に納得したというか……仕方ない、と思ってしまった。
椎木尾さん、趣味の合う新しいヒトができたのかな。


「若さん?大丈夫ですか?」
重々しい石の扉が電動で開いた。
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