専務と心中!
「遊びのつもり、ないよ。」
専務の瞳に熱が見えた。

信じられる気がした。
ううん。
信じたい、と思った。

私は、専務の瞳を見つめたままうなずいて、自分から唇を押し当てて、すぐに離れた。

「……不倫じゃなくなる時を待ってます。」

そう言って、さっさとベッドから、専務の腕から抜け出して、乱れた服と髪を簡単に整えた。

「にほちゃん……。」
途方に暮れる専務に、ぴらぴらと手を振った。

「椎木尾さんと別れます。薫とも。……ちゃんと専務と向き合いたくなりました。だから、今日は帰ります。」

専務の表情がくるくる変わってく。
うれしいんだか、残念なんだか、やっぱり喜んでるんだか、名残惜しいんだか……。

ほんと、かわいいヒト。

「あ。じゃあ、送ってくよ。」
専務がベッドから這い出すのを、手を前に突き出すゼスチャーで止めた。

「いい。離れたくなくなるから。ここで。」
「……さっきの話の続きがあるんだけど。」

せっかくキッチリと固めてある髪にくしゃっと手をやって、専務がそう引き留める。

「なぁに?奥様との馴れ初めの続き?……じゃあ、また今度。」

興味がないわけない。
でも、2人のラブラブな話を、今は聞きたくない気がした。

「ちゃんと離婚して、けじめをつけてからなら、かわいそうな思い出話として聞いてあげる。」

そう言ったら、専務は目元を手で抑えるようにして、肩で笑った。
「……ほんと、敵わないな。」

そうして笑いをおさめてから、専務は私に言った。
「にほちゃん。大好きだ。ありがとう。ありがとうな。」

さすが機械にも謝意を口にする専務。
ホテルの部屋からまんまと逃げ出す私にも、ありがとう、なのね。
でも……そういうとこ、好きみたい……私。

「専務。ありがとう。……私にも、早く堂々と好きって言わせて。じゃあね!」
くるっと背を向けると、振り向かずに部屋を出た。


廊下をとぼとぼ歩きながら、エレベーターで降りながら、地下鉄への通路を歩きながら……私は泣いた。
今更ながら、後悔していた。
胸が痛い。

どうして、逃げてしまったのだろう。
もっと他に言いようはなかったのだろうか。

でも、専務には、流されて抱かれたくなかった。
そんなことになったら、その後に必ず襲ってくる淋しさと虚しさと……やり場のない嫉妬に耐えられないだろう。

これでよかった。
そう思おう。
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