専務と心中!
……好き……なのかな……やっぱり。

うん。
そうね。
そうなんやろうね。

あ~。
つらい。

今からでも、あの部屋に、専務の腕の中に戻りたい。
予想以上に、居心地よかったなぁ。

専務……か。
会社の専務、なのにな。
何だか、不思議。

ふわふわしてる。

まだ信じられない。
でも、……うん。
……うれしかった。

キス……気持ちよかったな。

あーあ。
なんか、よくわかんないけど、本当に好きになってるみたい。

たぶん、これ、そういうことよね?

困ったわ。
でも、もっと一緒にいたい。

……恋しいよ……。



翌朝、椎木尾(しぎお)さんに言った。
「今夜は謡(うたい)のお稽古、ないよね?……時間とってもらえる?」

椎木尾さんは、ちょっと眉を上げて、それから首を傾げた。
「なに?別れ話?」

……ビンゴ。

まあ、わかるよね、そりゃ。
2人の間のこの空気。
まるで、消化試合だもんね。

「ここではちょっと。……ちゃんとお礼も文句も言いたいし。」

電車の中でする話じゃない。
確かに趣味も合わないし、今はもうたぶんお互いに冷め冷めだけど……それでも、最初は将来への希望と愛情いっぱいだった。
あの時間を全否定するような別れにはしたくない。

椎木尾さんは私をじっと見て、それから抱きしめた。

電車の中なのに!
けっこうこんでて、たぶん会社の人もその辺にいるのに!

「……にほ。ごめん。」
椎木尾さんは声にならない吐息でそう囁いた。

謝られるようなことじゃない。
既に、将来がないなら別れる時期だという認識は共有していたのかもしれない。

……てか、薫の存在を考えてると、私のほうが謝るべき……なんだけど……。

やっぱり、椎木尾さんにも、もう既に他の女性いたのかな?
前に専務が言ってた、椎木尾さんがお泊まりしてた女性かな。

ぼんやり思い出して、私は首を横に振った。
「私も。ごめんなさい。」

小声でそう囁いたら、椎木尾さんは息をついた。
「いや。俺が悪い。ごめん。……でも、好きだったよ。本当に。」

切ない言葉。
過去形なんだ。

……てか、椎木尾さん。
もう、夜、時間をとる気、ない?
これで、終わりってこと?


電車を降りると、椎木尾さんは私の手をとった。
駅の構内も、エスカレーターでも、ずっと手をつないでた。

改札を通る時には離れたけど、また、すぐに捕まえられた。
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