専務と心中!
あれ以来……あの夜、奈良記念の最終日の夜以来、薫と連絡を取ってない。

気まずくて避けていたわけではないけれど、何となく音信不通のまま、一昨日、薫は佐世保競輪場のS級シリーズ(F1)に追加斡旋された。

今夜帰って来るのかな。
もしかしたら温泉にでも泊まって、明日帰るのかもしれない。
連絡してみようか……。


「布居さん。ほら、これ。」
碧生くんが撮影してた古いお帳面の一行を指差した。

「ん?なに?……えーと?新宅?祝餅?なに?引っ越し?」
あまり崩れてないので、字はすんなり読めたけど、意味が違ったようだ。

「ぶー。たぶん妾宅。愛人を新築に住まわせて、その近所に挨拶のお餅を配ったんだろうね。」
碧生くんはそう言ってから、ニッコリと笑った。
「まあ、既婚者とつき合うなら、新築マンションぐらい買ってもらわないと割に合わないよね。」

……。

嫌味?
今の、なに?

とっさに言葉が出ない。
碧生くんの意図がわからない。
責められてるようにも感じないんだけど……。

黙ってうつむいた私に、碧生くんは少し慌てた。
「あれ!?なんか、まずかった?えー?あれ?……一般論のふりした自虐ネタだったんだけど……えーと……。布居さん……。」

……専務とのこと、バレたわけじゃないのかな?
いや、まだつきあってないけどさ。

「自虐ネタ、ね。笑えへんわ。社内にけっこう不倫多いからさ、あんまりそーゆーこと、言わんほうがいいと思うよ。」

顔を上げてそう言ってから、私はキッパリ否定した。

「あと、私はないから。独身者とは浮気も二股もするけど、不倫はしない主義なの。碧生くんは、だから、対象外ね。」

碧生くんはキョトンとして、それから明るく軽く笑った。
「布居さんって!さばさばしてておもしろいわ。男みたい。ごいっちゃんのほうがはるかに女々しいな。」

……確かにそうかもしれない。

「まあでも、椎木尾さんは、椎木尾さんにお似合いの女性と幸せにならはったらいいんじゃない?私は私で、次、行くし。」
碧生くんに煽られたのか、私は意識して雄々しくそう宣言した。


昼休み、いつものようにランチに出た。
なんとなく、今朝の椎木尾さんとのやりとりが、社内で広まったらしく……色眼鏡で見られてるのをヒシヒシと感じた。

碧生くんも気づいたらしく、わざと明るく振る舞い、周囲の目から庇ってくれていた。
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