専務と心中！

え？
なに？
能面のこと？

桃山期って？
安土桃山時代の、桃山？
江戸時代より前ってこと？

「なんか、高そうね……。」
「そりゃ高いよー。美術館の峠さんのお友達に大名の能楽の専門家がいるらしくて、本物のお墨付きもらったってはしゃいでたから。」

……知らなかった。

今さらだけど、椎木尾さん、どれだけ道楽者なんだろう。
いつも高い割烹でご馳走してくれたし、ホテル代や記念日のプレゼントも気前よかったけど、お給料は全てお能の習い事につぎ込んでたのも知ってる。
貯金しなくても、実家が裕福だから大丈夫ってことかと思ってたけど……さすがに、そんな高そうな骨董にまで手を出してたとは知らなかった。

「高尚な趣味でついていけないって思ってたけど……金銭感覚もついてけないかも。」
思わずそうこぼしたら、やっぱり能楽にハマってる碧生くんは曖昧な表情で笑っていた。


ランチを終えて、会社へと戻ってく。

「で？ほんとに、ガミっていいの？10点買うの？」
碧生くんが重ねて確認する。
損する可能性が高いので、止めてくれてるらしい。

「えー。だって薫以外の選手、よく知らないもん。じゃあ、薫を軸に自在選手２人とで折り返し200円ずつ。残った200円は、薫のラインの三番手の選手をヒモにして薫の頭で買っといて。」

「ふーん？水島の番手は買わないんだ？競られるから？」
「うん。薫の番手、歳取ってるし、あんまり横、強くないし。競られなくてもハコ３かな、って。三番手の若手のほうが縦に伸びそう。」

ハコ３とは、絶好のポジションであるはずの番手、つまり先行ラインの二番手を走りながら、同じライン選手は1、2着でゴールしたのに、番手選手が３着にしかなれなかった状態を言う。
そしてこの場合、「横」は併走状態からポジションを競り合う動きや後続ラインを上手く牽制する外側への動きを表し、「縦」はゴール前での前方への伸び脚を示す。

薫の師匠の泉さんは、横も強いし、縦も捲り追い込みまである稀有な選手だけど、今日の番手選手は、横も縦もイマイチ。

「まあ、薫が後ろを競らせないレースができれば、すんなりラインで決まるんだろうけどね。決勝戦だしそううまくいかんでしょ。だから200円ずつ5点。お願いするわ。」

そんな話をしながら会社に入ったら、横から飄々とした声が飛んできた。

「俺のも、買ってくれないか？交わしの交わしで。一万円。」