専務と心中!
「……えーと……いえ。あの、業務上のことは、何もないです。」

私がそう言うと、室長はもう一度首を傾げてから、ため息をついた。

「そうか。」

あれあれあれ?
何か、違う。
室長が変だ。

何か、あったのかな?

「室長?……あの……何か大事なお話ですか?」
そう尋ねると、室長は声を頷いた。

「まだ内示も出ていない、ごく内部情報なので内密に頼む。」

人事異動?
また、私、異動なのかな。
まさか専務、私を自分の秘書にとか言わないだろうな。
……あり得る。
今のあのヒト、ちょっと……箍(たが)がはずれちゃってるからなあ。

よくわからないけど、頷いて、続きを促した。
室長は嫌そうに言った。

「経理に戻ることになった。室長代理は、専務が兼務するそうだ。」

……は!?
何?それ。

「室長が経理に戻られるのは、まあ、優秀でいらっしゃるからわかりますが……専務?室長代理ですか?」

お世辞ではなく、南部室長は数字に強い。
社史編纂室が開室するまでは、ずっと経理にいらしたそうだ。
……畑違いの社史で室長をしてるのは、何年か前に税務署から意図せぬ脱税を指摘された心労で入院されたからと聞いている。

「ああ。ようやく原稿が上がってきて、これから編集が始まって形になってくのに、残念や。」
室長は本当にくやしそうだった。

胸に黒いもやもやが広がる。
まさか、専務……私と関わりたいがために、室長を飛ばすんじゃないでしょうね?

「それから、それに伴って、社史編纂室は役員フロアに移転することになった。……よかったな。布居くん。秘書課と同じところだ。椎木尾主任としょっちゅう顔を合わすことになるぞ。」
室長は、気を取り直して、明るく私にそう言ってくれた。

……あー……そっか。
まだ、室長、今朝の噂話も聞いてないんた。

私はなるべく明るく、笑顔すら無理やり浮かべた。
「お心遣いありがとうございます。今朝、椎木尾主任とは関係を解消いたしました。報告が遅れて申し訳ありません。」

もちろん、社内恋愛の進捗を報告する義務なんかない。
でも、室長がばつの悪い想いをされないよう、そう言ってみた。

室長は、目も口も大きく開いて、それから、微妙な表情になり、ため息をついた。
「そうか。……まあまだ君は若いから。気を落とさんと、がんばりなさい。……そうか。……まあ……よかった。……うん。」

よかった?
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