専務と心中!
「……まあ、書類とデータのやり取りだけやったら布居さんだけで大丈夫やろけど……出張して撮影してこなあかんモンもけっこうあるなあ。……布居さん、撮影は?」

撮影は?って……。

「特別な勉強はしたことありません。」
正直にそう言ったら、南部室長はガッカリしたらしい。
「そうやんな。普通はそうやわな。……ほなまあ、布居さん、峠くんに教えてもろて。」

げげっ。
そんなことまで私の仕事なの?

めんどくさーい。



終業後、ロッカーで着替えてると、スマホが震えた。

椎木尾さんからの着信だっ!
慌ててスマホを耳にあてて声をひそめた。

「もしもし。」
「にほ。今日はランチ、ごめん。かわりに、これから夕食、どう?」

椎木尾さんの低い艶のあるイイ声に、とろけそう。

「行く行く。うれしい。えー、でも、いいの?今日はお稽古でしょ?」

来月の舞台に向けて椎木尾さんは、お稽古を増やしている。
そもそも残業の多いヒトなので、平日の夜に逢うことは期待してないんだけど……。

「うん。お稽古。だからホントに食事だけなんやけど……いいか?」

ランチをすっぽかした埋め合わせのつもりなのだろう。
まあ……本当はH有りのおデートがしたいけど……ま、いっか。


待ち合わせは、いつもの社食。
我が社の社員食堂は、夜も営業している。
ランチタイムほどのお得感はなくなるが、それでも外のカフェやバー、居酒屋よりは安い。
南部室長なんかは、ランチタイムには寄り付かないのに、帰りには必ず一杯ひっかけて帰ってるようだ。

今日も……いた。
人事課の主任と、マイボトルで談笑してる。
会釈して、なるべく遠くの席に座った。


しばらくして、椎木尾さんがやって来た。
「にほ。……お待たせ。」
「お疲れさまです。……アペリティフに何か飲みます?」
そう言ってから、慌てて付け加えた。
「あ。お稽古行かはるのに、お酒はダメですよね。」

椎木尾さんは苦笑してうなずきながら
「にほは飲みたきゃ、遠慮なくどうぞ。」
と、言った。

……いやいやいや。
さすがに、椎木尾さんが飲まないのに、私が飲むわけにはいかないでしょう。

私は立ち上がって、一応、南部室長に会釈した。
椎木尾さんもまた、南部室長と人事課主任に目礼してから、私の背中に手を回した。

私との関係を誰に対しても隠そうともしない椎木尾さん。
……イチャイチャという感じではなく……どこまでも泰然としてはるというか。

美術館で社長に仲人云々言われたことを思い出して、にやけた。

そろそろ、プロポーズされるのかもしれない。
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