専務と心中!
椎木尾さんが連れてってくれたのは、路地奥の割烹。
落ち着いた雰囲気の、敷居も値段も高いお店。

「んー、ぶり大根。白菜とお揚げさんの炊いたん。鴨せいろ。……にほは?何が食べたい?」

椎木尾さんにそう聞かれても、このお店にはメニューがない。
旬の食材を揃えてらっしゃるから、言えば何でも作ってくださるらしいけど。

「お任せします。」

前に、旬じゃない食材を挙げて、女将さんに失笑されて以来、私はへたな注文ができない。
寡黙な大将が気を使って、定食のように少しずつお料理を並べてくださった。

海老と小蕪の炊いたん、鮭入り粕汁、ふきのとうのごま和え、イカナゴの釘煮、白菜のお漬け物、土鍋ご飯。
……どれもこれも美味しい。

けど、お肉とか、もうちょっとパンチの効いたものも食べたいんだけどなあ……お肉とか、お肉とか、お肉とか!


「社史にバイトくんが来るのって、来週からだったっけ?」
そば湯を楽しみながら、椎木尾さんがそう聞いた。

「うん?うん。来週の月曜日。」
何気なくそう言うと、椎木尾さんは悪戯ッ子のような表情になった。
「にほと同い年の男だって?……浮気すんなよ。」

……笑えない。
片頬が引きつるのを自覚しながら、無理に笑顔を作った。

「やーね。歳は一緒でも学生よ?それに、内緒やけど、1人は子持ちの既婚者よ?……てか、よく知ってるわね。」

来週から来るバイトくんは2人。
1人はD1(博士課程1年め)の25歳、そして噂のM1(修士課程1年め)の25歳日系3世子持ち既婚者。

椎木尾さんはニッコリと笑った。
「うん。知ってる子やったわ。碧生(あおい)くん。……去年の4月から、同門の弟弟子。来月の舞台にも出るわ。」

え!?

「同門って……お能?」
「うん。熱心なイイ子やわ。俺には学術的なことはよぉわからんけど、できる子であることは確かやわ。……ほんまは、にほに碧生くんをよろしく、って言うべきねんろうけど……。」

そこまで言って、椎木尾さんはくすくすと独りで笑った。

「にほ。よぉよぉ頼んどいたげるから、碧生くんに助けてもらい。」

……えーと……。

「まあ、確かに専門的なところを助けてもらうために来てもらうんだけど……」

何となく、素直になれない。

椎木尾さんの目から見て、私の評価って、かなり低そう……。
アルバイトの学生に、私を頼むんだ。

顔には出さないように努めたけれど、私の心はハッキリとねじくれた。
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