専務と心中!
社史編纂室へと戻ろうとして……専務室からちょうど出てきた椎木尾さんとバッタリ出くわした。

……き、気まずい。

一瞬固まったけど、努めて笑顔を浮かべて、会釈した。

椎木尾さんの痩(こ)けた頬が、歪んだ。

……また痩せたみたい。
大丈夫?

そう聞きたいけど、聞けなかった。

椎木尾さんは、視線を落としてため息をついて、それから顔を上げた。

「珍しい格好やな。デート?」

多少、攻撃的な響きを感じたけれど、私は感情を隠して、貼り付けた笑顔のまま首を横に振った。

「まさか。ただの食事会ですよ。……椎木尾さん、何だかやつれて見えます。」

そう言ったら、椎木尾さんは苦笑した。

「君に言われたくない。」
「……。」

何だか、悲しくなった。
そんな風に言われるとは思ってなかった。

だって、椎木尾さん……別に、私が一方的に振ったんじゃないよね?
椎木尾さん、他に女性、いるんでしょ?

私が椎木尾さんから専務に乗り換えた、なんて被害妄想ない?

「椎木尾さん。あの……」
私の言葉は、突如開いた専務室のドアに遮られた。

専務がひょこりと首を出した。

「専務……。」
「やあ、にほちゃん。……あれ?朝と違う服……。」

ドキッとした。

何で知ってるの?
私、専務とは業務時間中、つまり制服でしか顔を合わせてないはずなんだけど。

やだ。
恥ずかしい。
わざわざ勝負服に着替えた、って思われてしまう!

「……あの……遥香さんが……」

そう言い訳しようとしたけれど、目の端に映った椎木尾さんが気になって、口をつぐんだ。
元彼の前では、さすがに憚られた。

黙った私に首を傾げて、専務はキョロキョロと廊下を見た。

「ん?何だ。椎木尾くん、まだいたのか。……すまないが、よろしく頼むよ。悪いね。」

踵(きびす)を返して、既に数歩はなれていた椎木尾さんが、振り返って深々とお辞儀した。
かつては、いつも見とれた、美しい立礼だった。


「さ。行こうか。にほちゃん。何が食べたい?」

まだ椎木尾さんの背中が見えてるのに、専務はニパッと笑ってそう言った。

元彼に対するばつの悪さから、私はついつい専務につっけんどんに答えた。

「焼き肉。」

専務はキョトンとして、それからぷっと笑った。

「焼き肉を食べに行くのに、わざわざそんな綺麗な格好になったのか?……今朝の服でよかったのに。」
「……どうして、私の出勤時の服を知ってるんですか?どこかで見かけはりました?」

さりげなく背中に添えられた専務の手からにじり逃れながらそう聞いた。
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