専務と心中!
習い事に行く椎木尾さんの背中を見送ってて、ため息がこぼれた。
心の中のもやもやが消えないまま電車に乗ってると、薫からのライン。

<おやすみ。>

……あーあ。
気晴らししたかったのに……タイムアウト、か。

夜明け前に起きて、街道練習をしている薫の夜は早い。
こんなことなら、まっすぐ帰ればよかった。
……薫なら、私をこんな気持ちで帰さないのに。

椎木尾さんは、優しいけど……いつもマイペースで……私の機微を読もうとはしない。
まあ、私がワガママなんだろうけど。

一生こうなのかな。
椎木尾さん、ずっとずっとずーっと趣味と仕事に生きるヒトなんだろうか。
結婚しても、家庭より趣味と仕事を優先……しそうだなあ。
あーあ。



翌朝、いつも通り、椎木尾さんと同じ電車に乗り換えた。

「おはよう。」
椎木尾さんは、いつも通り。
穏やかで優しいけど、感情の起伏があまり見えなくて……

「おはよ。……今月の天神さんって、金曜日よね?峠さんと、マジで行くの?」
こんでる電車の中なので、何となく「社長と」という文言は省いて聞いた。

「うん。その予定。今月は梅花祭だから賑やかだろうね。……にほも興味でてきた?行ってみる?来月は何曜日かな……」

私はぶるぶると首を横に振った。

「いい。行かない。……てか、地元の友達に誘われてて……金曜、有給取ろうかな、って思ってて。」
「ふぅん?珍しいな。まあ、たまにはいいんじゃない?地元なら社の奴に見咎められないだろうし。」

椎木尾さんは、何の詮索もしなかった。
つい口惜しくて、私は自分からつけ加えた。

「うん。ほら、幼なじみの薫くんがね、地元の競走に出走するん。久しぶりやし、応援してくる。」
「……ああ、自転車の。」

クールに椎木尾さんは受け流した。
薫との仲を疑うどころか、興味すらなさそう。
つまんないの。


「あ。そうだ。今週末、無理みたい。ごめん。」
駅から会社に直結している地下道で椎木尾さんが言った。

「……ふーん?仕事?お能?」
「両方。……いや、日曜は師匠のお舞台だから……におが来るなら、一緒に観能できるけど。……来る?」

そう誘われて、私は迷わず首を横に振った。
「無理。寝ちゃう。……椎木尾さんの舞台しか、起きてられない。」

椎木尾さんは苦笑した。
「うん。そうだよね。残念。……にほにも習えとは言わないけど……興味を持ってくれたらもっと一緒にいられるんだけどな。」

「……。」

返事できない。
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