専務と心中!
言ってて、泣けてきた自分に驚いた。

けど、専務のほうが驚きが大きかったみたい。
荷物を持ったまま私にがばっと抱きついた。

「そうかそうか。ごめんよ。不安にさせたな。……幸せそうな寝顔を邪魔したくなかったんだ。でも、着替えはいるだろ?」

「……いる。けど、寝てる時より起きてる時を、大事にしてほしい。淋しいのも、不安なのも、もう、やだ……」
涙がぽろぽろとこぼれる。

甘えてるなあ……我ながら。

「なるほど。そりゃそうだ。悪かった……。大丈夫だ。もう、不安にさせないから。大丈夫だから。」

専務はそう繰り返してから、私から離れ、ゴソゴソと紙袋を漁った。
てっきり着替えを調達してきてくれたのだと思ったんだけど、専務が取り出したのは指輪だ。

ケースにも入れず、見るからに大きい石を付けた指輪。

薄いピンクというかわいい色合いなのに、ギラギラとあつっくるしいぐらい存在を主張して輝いてる。

エンゲージリング?

紙袋から剥き身で?

……なんて、ありがたみのない……。

たぶんイイモノなんだろうけど、どん引きして見てしまった。

「母や祖母が大事にしていたモノは、ほとんどマダムが持って出てしまってね……。」

専務ってば、さらに私を引かせるようなことを言ってるし。

「俺にはよくわからないが、お花さんが言うには、金目のモノは根こそぎ、らしい。だから、にほちゃんには……ごめんな……値段がつかないものしか残されてないらしい。これから、新しく揃えていかなければならないそうだ。着物も。帯も。茶道具も。宝石も。」

……茶道具?
宝石はともかくとして……なんか、すごいかも。
別れた奥さん、シンガポール人なのに茶道具にまで造詣があるのか。

すごいなあ。

まあでも、息子さんを手放しての離婚だもんね。
養育費も慰謝料もない離婚なら、今後のために……って、思ってもしょうがないのかな。

「……元奥さま、どうやって生活されてるんですか?今。」

指輪も気になるけど、私は、ついつい突っ込んで聞いてしまった。

「まあ……一応、関連会社の株は持ってるから、普通に暮らせる程度の収入はあるよ。……にほちゃんの給与の3倍ぐらい。だから、気にしなくていい。」

専務は、そっ気なくそう言った。

……あ、そう。
3倍、ね。

心がねじくれそうだわ。

「そうですか……。」

それ以上は、何も言うまい。
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