吸血鬼の栄養学、狼男の生態学
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今日は早い時間に寄れそうだと前もって言ってあったから、真澄さんは一緒に食事をするつもりで待っていてくれたらしい。
台所から鼻歌が包丁の音と一緒に聞こえてくる。状況だけならまるで新婚。堪らない。
そう。たとえ「これを飲んで待っていて」と渡されたものが、祖父ちゃん自慢の無農薬小松菜を使った、スムージーというハイカラな名前でごまかされた、ドロッとのど越しのすこぶる悪い野菜ジュースだとしても、だ。
鼻を摘まんで緑色の液体をビクビクしながら流し込むと、そのグロい見た目に反して爽やかな香りが鼻を抜ける。
リンゴとレモン、かな?思ったより飲みやすくて拍子抜けした。
「ごちそうさまでした」
彼女の後ろから腕を伸ばしてコップを流しへ置く。水につけておかないと、後で洗うのが大変そうだ。
「うわっ!」
近づいた俺に気がついていなかったのか、ビックリした顔で俺を見上げた。
俺の顎のすぐ下にあるポカンと開いた小さな口に、思わず吸い寄せられそうになり下げた目線の先に、ぬらりと鈍い光を放つ包丁が目に入って、慌てて一歩引いた。
「明日からちょっと忙しくなるんです。だからしばらく、ご飯は要りませんから」
ほんの数日の我慢だと自分に言い聞かせながら告げる。と、
「えっ?」
ほんの一瞬だけ彼女の動きが止まり、また包丁がリズムを刻み始める。
「そ、そう。じゃあ、今日はおかずを多めに持って帰って。ご飯くらいは炊けるよね」
その音に紛れながら紡がれた声が心なしか揺れているように感じたのは、俺の希望的妄想だったのだろうか。
「あのっ!24日は来ますから、絶対!!」
12月24日。日本人の大半の恋人たちにとって、特別な意味をもつはずの日付に一縷の望みをかけて言ってはみたものの、
「忙しいんでしょ?じゃあ、日持ちがする物をいっぱい作っておくわ。容器、足りるかなぁ」
すげなく返されて。
俺の繊細な男心は、まな板の上のマグロの赤身とともに、影も形もなく叩きのめされていた。