二十年目の初恋
痛み 1
 そして月曜日。

 週末に私に起こったことなんて、まるで関係なく仕事は始まった。

 きっと世の中は、いつもそうなんだろう。どこかの国でクーデターが起きようと私の毎日は変わらず過ぎてゆく。バスに揺られて大学に着いて……。

 私のボス。つまり副学長は、たぶん五十代半ば……。でも、とても若く見える。尊敬するボスに仕えて十三年。全くと言っていいくらい見た目は変わっていない。生まれ年の干支を言ったら、ほとんどの人は一回り下だと思うだろう。

 背は高い、スタイルは良い、センスも良い。あの年齢でストレートのロングヘアが似合う人は、そうそういない。

 若い頃、結婚していたらしいと噂はあるけれど……。誰も真実は知らない。とにかく現在、独身。毎朝、真っ白なポルシェで現れる。それが違和感が無いのが不思議というか羨ましいというか。

 とにかく私が逆立ちしたって敵わないスーパーウーマン。ちなみに私、逆立ちは出来ない……。

「おはよう」
 とても朝だとは思えないほど華やかなオーラに包まれパワー全開。

「おはようございます」
 私は深々とお辞儀。

「きょうのスケジュールは、どうなっているかしら?」

 これで私の一日は始まる。

 ただ彼女、自慢のポルシェで何処へでも一人で行ってしまうので、私はかなり楽をさせて貰っているらしい。

 学長秘書に「代わって」と時々、心から羨ましそうに言われる。もちろん、そんなつもりは、これっぽっちもないけれど。

 大学に残っているからって、することが無い訳ではない。来客や電話の応対を副学長の代わりにしなくてはならない。どちらが楽なのかは分からない。結局、楽な仕事など世の中には存在しないのかもしれない。


 十年前。この仕事に就いて三年目の二十五歳の時、私は結婚した。

 あの時に仕事上は旧姓のままで通して戸籍通りの新しい名刺を作らずにいたことを今となっては良かったと心の底から思っている。

 それ程、親しい訳でもない仕事関係者に、一々離婚の説明をするなんて考えただけでも気が遠くなる。いや、あまりの煩わしさに気絶していたかも。

 もちろん離婚を前提に結婚した訳ではないけれど……。

 これで名実共に旧姓な訳で、本当に、あの時の選択は正しかったと自分を誉めてあげたい。


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