二十年目の初恋
事件 5 
 私は真っ直ぐ帰ることも出来ずに、悠介の部屋の前に来ていた。一瞬戸惑って、それでもインターホンを押した。

「はい」
 悠介の声が聞こえた。

「私、優華」

 ドアが開いた。

「どうした? こんな時間に。さぁ、入って」

「うん」
 部屋に入ると

「今、仕事の帰りか?」

「うん」

「珍しいな。優華が仕事帰りに家に来るなんて」

「うん」

「どうした? 優華、何かあったのか?」

「ううん。何もないよ」

「俺も今、帰って来たところ。あぁ夕食は? 済んだ?」

「うん。済ませた」

「俺も。コーヒーでも入れるか? 飲むだろう?」

「うん」
 ソファーに座った。

 悠介の入れるコーヒーの香りが、こんなにも私を癒してくれるなんて……。

 なんだか、ほっとしたら涙が零れそうになった。


「はい。入ったよ。コーヒー」

「ありがとう」

 涙は、ごまかしたつもりだったのに……。

「優華、やっぱり何かあったんだろう。話してくれないのか? 俺じゃあ頼りにならないか?」

「そうじゃないの。私の問題だから……」

「優華の問題は、俺の問題でもあるだろう? 違うか?」


 私は、きょうあったことを朝から順を追って悠介に話した。

 悠介は黙って聞いてくれて、何も言わずに抱きしめてくれた。悠介の胸が、あったかくて、ただそれだけで幸せだった。落ち着けた。悠介は

「良かった。優華に何かあったら……。そう思うと生きた心地がしない。本当に良かった。優華、仕事、辞めてもいいんだよ。そんな思いまでして続けることないよ。俺たち結婚するんだろう? 少し早くなっただけだと思えばいいだろう?」

「でも、このまま逃げ出すみたいで嫌なの」

「何かあってからじゃあ遅いんだよ。そんな卑怯な奴に、もしも優華が……。考えただけで俺はとても普通じゃ居られないよ」

「悠介……」


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