御曹司と愛され蜜月ライフ
「よし、もう用は済んだ。引き止めて悪かったな」

「は!??」



ちょっとちょっと、何その投げっぱなし??! 最後まで言わないわけ??!

早く解放されたいと思ってはいたけど納得がいかず、つい声をあげてしまった。

ぽかんとその場に立ち尽くす。近衛課長はとっとと行けとばかりにドアを開けてこちらを見ていた。



「なんだ、出勤しない気か?」

「~~~ッ行きます……!」



釈然としない……っ釈然としないけど、今はとにかくこの不可思議御曹司から一刻も早く離れたい!

肩をいからせて玄関のドアをくぐる。するとすぐ後に近衛課長も外に出てきたから、ぎょっとした。



「なんだその顔は。俺はいつも通りの出勤時間だ」

「でっ、でもあの、一緒に行くのはちょっと、」

「安心しろ。俺は車だ」



あっさり言って、彼は私を追い越した。

さすが、背が高いだけあってコンパスが全然違う。スタスタと階段もおりきった課長はこのあたりに駐車場を借りているのか、アパートの敷地を出て颯爽といなくなってしまった。

残された私、ハイツ・オペラの古ぼけた階段の上からその様子を眺め呆然。たった今自分の身に起こった出来事に現実感がなくて、動けずにいた。


……でも、リアルに思い出せる。すぐ目の前にあった近衛課長の端整な顔とか、スーツから香ったかすかなグリーンシトラスとか。

私のくちびるに一瞬触れた、指先のかさついた感触とか。
< 19 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop