御曹司と愛され蜜月ライフ
見れば、私の手も足も小刻みに震えていた。もう1度長く息を吐いてから、自分の身体を支えてくれている上司を振り返る。



「あの、課長、ありがとうございました。ていうかなんでこんなところに……課長?」

「………」



見上げた先にいる近衛課長は、さっきの鋭い眼差しではなくなってるにしろものすごく微妙なカオをしていた。

心配とか、呆れとか、安堵とか。そんなものが少しずついろいろと入り混じったような……とりあえず、今に頭突きでもぶちかまして来そうな物騒な表情だ。なぜか。


もうあの男はいなくなったのに、また強く身体を引き寄せられた。

課長がいつもつけている、グリーンシトラスが香る。



「……何してる。あんなヤツに好きにさせて、どこに行くつもりだったんだ」

「へ、ど、どこって……あの、だから、とにかくアイツが無理やりですね、」

「無理やりなら、どうしてすぐ助けを呼ばないんだ。まわりに人はいただろ」



ひゅ、とのどが鳴る。苛立ったような課長の言葉に、胸の奥へしまいこもうとしていたあのときの恐怖心が突然よみがえってきた。



「……だ……だって。声、出なくて」

「声……?」

「あ、足も、……動かなくて、私……っ」



おさまりかけていた震えが、また全身に戻って来た。

私の身体を後ろから抱き寄せていた課長が、驚いたように少しだけ力を緩める。


──すきになった人じゃないと、触れられたくない。触れたくない。

でも。


背を向けていた身体をひねって、課長に正面から向き合う。

そのままの勢いで、ぎゅっと、その胸にしがみついた。
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