眩暈
 朝、私たちはいつものように振舞った。私が小説を書いているところに、ルカが起きてきて、眠たそうな顔でおはようと言う。そして彼は自分のためにコーヒーを淹れる。隣にはチキータがいる。私たちはおはようのキスもしなければ、ハグをすることさえない。ただ一度だけ起こったことだと二人ともわかっていた。

 さよならの日、朝から雨が降っていた。私が荷物をまとめていると、ルカの部屋から音楽が聞えてきた。名前も知らない歌手の、悲しいメロディ。いつだったか、私が彼にこの曲いいわね、と言った曲だった。彼は私にさよならと言っている!私はその日本語を彼に教えたことがある。彼は忘れないように、スーパーのレシートの裏側にSAJONALAとユーゴスラヴィア式にそれを書いて壁に貼り付けた。それはすっかり色褪せていた。夏の光は、こんなにも強かったのだ。私の、愛しい日々。私は彼の部屋の扉にもたれて、静かに泣いた。彼は泣いてなどいないだろう。きっと煙草を吸っている。チキータがいつも彼の側にいて、彼を暖めてくれますように。私は、それだけを祈った。
アンディが車でアパートメントまで向かえに来てくれたので、引越しはとても楽だった。私は何事も無かったかのように部屋を出た。ただルカと男友達のようなハグをして、ただ簡単にSee you soonと言って。私はルカの目を見なかった。道に出たところで一度だけ振り返り、“私たちの家”を見た。ルカの影は無かった。雨はもう、上がっていた。






























           7
 あの悪夢の電話がかかってきた時、私は呑気に昼寝をしていた。日曜だったが、アンディはいなかった。今思い出してみても、何かとてもふわふわとした幸せな夢を見ていた気がするのだ。誰か懐かしい人に抱かれているような。それはまったく知らない人のようでもあり、昔から知っている人のようでもあった。でも私には、あれが誰だったのかわからない。
電話が鳴る数分前に目が覚めた。その電話は私の世界を真っ白に塗りつぶしてしまった。
知らない番号からの電話には普段は出ないことがほとんどだけれど、操作を誤ってしまったために、通話が開始された。シャイゼ。私は小さく言った。罵り語だけはドイツ語が出てくるようになっていた。電話からは懐かしい声が聞えた。
「ハロー?」
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