◇君に奇跡を世界に雨を◇
仕方なく松葉杖を付きながら、病院内をぷらぷら歩く。
真夜中の静けさが嘘のように、物音で溢れた廊下。
たくさんの人が生きている、この大きな病院。
昨夜の出来事がなんだか夢みたいに思える。
外来患者で賑わう一階のロビーを歩きながら、そうだ、と思いついた。
ポケットの中に小銭が入っているのを確かめて、売店に向かった。
「雨ー? でておいで雨ー」
病院の前庭。
紫陽花の花壇のあたりで、昨日窓から見下ろした猫の名前を呼んだ。
いくら名前を読んでも来なかったのに、売店で買った魚肉ソーセージをペリ、と開けた途端。
にゃおん。
現金な猫はぴん、としっぽを伸ばして、紫陽花の影から姿をあらわした。
綺麗な灰色の猫。
「お前、もしかして……」
あの雨の日に、突然目の前に飛び出した灰色の猫。
咄嗟に避けようとして、私は思い切り転倒して足首を骨折した。
「もしかして、あの時の猫……?」
にゃあ。
雨は私を見上げて、目を細めて鳴いた。