恋は天使の寝息のあとに
必死に訴える私の姿を見て、恭弥は一瞬固まって、
「お前さぁ」
額に手を当てて、沈痛な面持ちで塞ぎ込んだ。

「俺に気ぃ使うなって言ったはずだよな。
……なんか前より余計に気ぃ使うようになってねぇ?」

呆れたようなため息をひとつ。

「だって、恭弥に迷惑かけたくないもん」

「俺がいつ迷惑だなんて言ったよ! 勝手に決めてんじゃねぇ!」

恭弥の袖を握る私の手を、今度は逆に彼が掴み捕った。
大きな手のひらが強い力で私の手首をすっぽりと包み込む。次第に指先に血が行かなくなって、じんじんと痺れだす。
動かそうとしても、彼の手はびくともしない。
だからせめて言葉で抗った。

「恭弥に、そんなに頑張って欲しくないの!
……私たちのこと、もっと後回しでいいんだよ?
予定があったらそっちを優先してくれて構わないし、何も毎週欠かさず来てくれなくても私たちは大丈夫だし!」


迷惑をかけたくないというのもあるが、彼を失うのが怖いという気持ちもあった。

――だって、もし、恭弥がそばにいることを当たり前としてしまったら。
彼が私たちから離れることを選択したとき。私たちはきっと傷ついてしまうだろう。
彼が私たちの前から姿を消す理由なんて、いくらでもある。
それこそ結婚するかもしれないし、そもそも彼は心菜の父親ではないのだから、いつまでも付き合う必要なんてない。

だったら最初から優しくしてくれなくていい。
ちょっとくらい距離があった方が、失っても辛くない。
これ以上彼の存在が私たちの中で大きくなるのは、怖い。


ああ、そうか、ひょっとして。
だから恭弥は出会ってからこれまで、私との関係を拒んでいたのかな。
お互いが傷つかないように、少し離れたところから、距離を保っていたのだろうか。

踏み込んだのは私だ。
彼のことが少しだけ理解できて、嬉しいはずが、余計に辛くなった。

この距離は、無くなれば無くなるほど、痛いのかもしれない。

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