恋は天使の寝息のあとに
恭弥は腕をゆっくりとほどいた。

「沙菜」

無表情な声で、冷たい瞳で、ただ一言私に問いかける。

「俺はいらないのか?」


いらないわけがない。できることならずっとそばにいて欲しい。
だけど――だからこそ――近づきすぎちゃいけないんだ。

想いが溢れて、私の声はいっそう大きくなった。

「だって、恭弥は本当のパパじゃないんだから! そこまでやる必要ないんだよ!」


私の叫びが、リビングに、廊下に、台所に、無駄に広い家中に響き渡って、やがて静まり返った。
一変、今度は空気がぴんと張り詰めて静寂が降りる。
スイッチが入ったかのように、心菜がわぁぁっと泣き出した。


彼がうつむいた。瞳に前髪の影が落ちて、その表情は読み取れない。

「……確かに。俺はパパじゃないもんな」

低い声で答えると、ソファに腰を落としたまま、頭を垂れる。

「……恭弥?」

うな垂れてしまった彼が心配になって、私は彼の名前を呼んでみたけれど、たぶん心菜の泣き声にかき消されて届いてはいない。

先に心菜を泣き止ませるのが先決だと思った私は、カーペットの上で涙をぽろぽろと落とす心菜を抱きかかえた。
立ち上がり、背中を撫でながら身体を揺らす。
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