恋は天使の寝息のあとに
ずっと難しい顔をしている私に気を使ったのだろうか、里香さんは柔らかく微笑んだ。

「ここだけの話、あなたにプロポーズを断られて、相当ショックだったみたい。
あの人、嫌なことがあるとすぐ煙草に走るから、分かりやすいわよね」

まったく情けないわ、と言いながら、里香さんはくすくす笑う。

「せっかくあなたのために禁煙してたのにね」

「……私のため?」

「あなた、煙草嫌いなんでしょう?」

言い当てられたことに少し驚きながらも頷いた。


まさか。煙草をやめたのは自分のためだって言ってたし。私のためなんかじゃないだろう。
心菜のためだと言うのなら、まだ理解できなくもないが。

そうは思いながらも、胸がずきっと痛んで、彼の少し苛々としただるそうな表情とぶっきらぼうな言葉が頭の中で蘇る。
それがどうしようもなく愛おしくなって、私は胸の前で手のひらをぎゅっと握り締めた。


「さて、そろそろ私も我が子を保育園に迎えにいかなくちゃ」

さらりと言い放った彼女に、まさか子どもまでいたのかと驚かされた。
恭弥との関係を『今さら』と言っていた理由が分かった気がする。

玄関に向かう彼女の背を心菜と一緒に追いかけると、別れ際、彼女は私に向かってぼそりと呟いた。

「きっと頼りないあなただからこそ、恭弥は『守りたい』って思えたのね」

私は意味が分からず、小さく首を傾げた。
恭弥は私のことを『守りたい』だなんて思っているのだろうか?

彼女は優雅に手を振って颯爽と玄関を出て行った。
その後ろ姿を見つめながら、私は心菜をぎゅっと抱きしめた。
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