恋は天使の寝息のあとに
「……もう、暴力しないって言ってたし」

「口ではみんなそう言うんだよ!」

私を説得してくれる彼の言葉が嬉しくて、でも答えられない自分自身が許せなくて、涙がひとつ、またひとつと零れ落ちる。
それでも、私は彼を突き放さなきゃいけない。
例えそれが、私の真意ではなかったとしても。

「だって、恭弥、言ってたじゃない。
結婚には愛なんかいらないって。
理由なんか、『心菜のため』だけで十分だって」

「……っ」

過去の自分の言葉に縛られて、恭弥は視線を落とした。
何か言いたげに、悔しそうに歯を食いしばり、うつむく。


やがて彼が発した言葉は消え入りそうなくらい小さくて、掠れていた。

「俺は、どうなる……」

うつむいたまま、ただ私の肩を掴んだ手にぎゅっと力を込めて

「心菜の本当の父親だって、言ってくれたんじゃねぇのかよ……」

彼が少し震えた声で、私の肩にコツンと額を乗せた。


胸がギュッと締め付けられて、思わず彼の身体を抱きとめる。
彼が私に身体をすり寄せてきて、そんな甘えるような仕草は初めてで。
大きくて、ごつごつしたその身体は、甘えるにはあまりに不釣合いだったけれど
それでも私が背中を撫でてやったら、子どものようにキュッと抱き返してきた。

その仕草が愛おしくて、それでもただ謝ることしか出来なくて、私は声を絞り出す。

「ごめんなさい……」

彼の身体をぐっと引き離し、拒絶した。

「やっぱり、恭弥じゃダメなの……ごめんなさい……」
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