恋は天使の寝息のあとに
トントントン、と。
断続的に響く優しい音が聞こえて、私は目を覚ました。
それは台所からだった。包丁とまな板の合わさる、少し控えめな木質の音。
横を見ると、私の隣には心菜が眠っていた。
そっか、私、心菜にお昼寝をさせている途中で一緒に眠っちゃったんだ。
まだぼんやりとした頭で台所へ向かうと、そこに立って料理をしていたのは翔だった。
彼は振り向いて、柔らかな笑顔を浮かべる。
「まだ眠っていてもいいよ。疲れているんだろう?」
私のエプロンを肩から提げて、耳の上あたりの髪を邪魔にならない様にヘアピンで止めているその姿は、お父さんというよりお母さん。
手元のまな板には、乱切りにされたにんじん。その横のボウルにはじゃがいもと大根。
「手伝うよ。何作ってるの」
「煮物と焼き魚。……心菜には、何を作ってあげればいい? 煮物食べられるかな?」
「うん。食べれるよ」
彼の切った野菜は形や大きさが綺麗に揃っていて、私なんかよりもよっぽど料理が上手だった。
彼はまめなタイプだ。
料理や掃除など、家事は一通り問題なくこなせるし、むしろ私よりも丁寧なくらいだ。
それだけじゃない。人に対する気遣いも完璧で、私の喜びそうなことを先回りしてやってくれる。
例えば今みたいに。私が疲れて眠っている間、代わりに夕食を用意してくれたり。
昔からそうだった。
いつも笑顔で、優しくて、私の欲しい言葉をかけてくれる。
ある種、ぶっきらぼうで愛想のない恭弥とは正反対の翔。
気配りの行き届いた完璧な男性。
私がかつて生涯のパートナーとして選んだ彼は、そういう人間だった。