恋は天使の寝息のあとに
随分と勝手な話だ。
二カ月前、私は彼のことをこっ酷く裏切った。
あんなに私たちのことを大切にしてくれていた彼を、一瞬でも愛を確かめ合った彼を、もう必要ないと言い切って、勝手にさよならを告げた。
なのに今さら『助けて』とすがろうとしているなんて。


マンションの彼の部屋の前に立ち――ここまで来て悩む余地もないのだが――これでいいのだろうかと躊躇った。
彼はこんな私を許してくれるだろうか。
そもそも、もう夜中の二時を回ろうとしている、寝ているであろう彼が、出てきてくれるかも分からない。

出てこなかったら私はどうすればいいだろう。
布団でぐるぐる巻きの心菜を抱えて、夜中の街をさまよわなくちゃならないかもしれない……

どうか、彼が出てくれますように。
祈るような気持ちで玄関のチャイムを鳴らす。

一度目のチャイムでは何も起こらず、意を決してもう一度。

間を置いて。
必死の願いが通じたのだろうか、玄関の鍵がガチャリと外される音。


「沙菜!? お前、どうして……」

ドアの隙間から顔を覗かせた彼――恭弥が、私たちの姿を見て唖然とした。
状況が把握できていないようだったが、異常事態であることは理解したらしい。

「とにかく……入れ」

恭弥は低い声で呟くと、布団に包まれた心菜を受け取って、私たちを部屋の奥へと促した。
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