恋は天使の寝息のあとに
その夜。彼が寝息を立てていることを確認した私は、気づかれないようにそおっと部屋を抜け出した。

寝巻きからジーンズと暖かめのブルゾンに着替えて、ポケットに財布と携帯電話だけを詰め込んだ。
彼にばれないように、眠っている心菜を掛布団ごと抱き上げる。

心菜がむにゃっと声を上げて、やがて腕の中で再び眠りに落ちる。
一瞬冷やっとした。ここで心菜に泣かれでもしたら、彼に見つかってしまう。
もし見つかったら、きっと今度こそ彼は激怒するだろう。
そうしたら、私と心菜が無事に済む保障はない。

心菜を着替えさせている余裕はなかった。
私は急いで玄関で靴を履くと、心菜を布団ごと抱えて、家を飛び出した。

一刻も早く彼から逃れなければ、その一身だった。


夜中、布団で簀巻きにした子どもを抱きかかえて走っている私の姿は、いつ通報されてもおかしくはないだろう。
大通りに出ると、急いでタクシーを捕まえて飛び乗った。

タクシーの運転手は私たちを見て一瞬怪訝な表情をしたが、特に何も触れなかった。

行き先に悩んで、しかし、こんな真夜中に頼れる人物を一人しか思いつかなくて、仕方なくその一つを運転手へ告げると、彼は黙って車を走らせた。

無事にタクシーが大通りを抜けて、私は胸を撫で下ろす。
ひとまず、彼の元から逃げ出すことには成功したようだ。
一時的に逃げたところで、なんの解決にもならないけれど、ひとまず命が繋がった。

腕の中には、布団に包まれた心菜が安らかな寝息を立てている。

ごめんね、心菜。
本当の家族、作れなかったよ。

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
散々振り回してしまった、心菜に、翔に。
そして、これから再び頼ろうとしている、彼にも。
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