そこには、君が






「行かなきゃ…」





実際足は動いているのに、


前に進んでいる感覚が


ほとんどないまま、


私は走った。


人だかりを掻き分ける、


ということを初めてしてみる。


こんな映画みたいなこと、


私がやってんだ、なんて。


そんな余裕ないくせに、


ばかな私は余裕ぶった。






「大和!」





何を言ったのか分からない。


それでも大和は、


徹平さんと春太さんに、


声を荒げて怒っていた。


私は、今にも飛びかかりそうな


大和の腕に必死と掴んで、


震えを隠して佇んだ。


そんな私を大事そうに、


京也は抱えて抱き締め、


代わりに大和を押さえてくれる。






「春太さん!」





「凛、ごめん。なんか騒ぎなった」





春太さんは申し訳なさそうに、


凛にCDを手渡した。


それを受け取った凛は、


意外にも春太さんに


帰って、と言う。





「分かった」





心なしか寂しそうに呟くと、


去って行く足音だけが聞こえた。


私は微塵も、


徹平さんを視界に


入れることは叶わなかった。






「大和、お前何やってんだよ」




京也が私の頭上でそう言うと、


大和は黙って私を見つめた。


私は京也の腕の中にいて、


大和の制服の裾を掴んだ。


何してんのよ、という意味を込めて。


ふざけんな、と言いたげな目で。


じっと見つめる私を見返して、


大和は。





「ぶす」





と言って、鼻をつまんだ。


そして横にいた凛の頬をつねり、


ばか女と言った。






「帰るわ」





大和は不機嫌な顔でそう言うと、


私たちより先に歩き出した。


京也はまだ私を腕に入れながら、


凛の頬を摩り、大丈夫?と尋ねる。


周りはそんな光景を、


羨ましそうに見る人もいれば、


関わりたくなさそうにする人もいて。




「ごめん凛」




帰り道。


京也は大和を追いかけ、


先に帰って行って。


隣を歩く凛に、


私は謝った。


絶対徹平さんたちは、


何もしてない。


大和が勝手に、


勘違いしただけ。






「謝るのはこっちでしょ。春太さんが学校来るから…」






ねぇ、と。


凛は聞きにくそうに、


私を見て。






「何かあった?」




徹平さんと。


そう改めて聞いてくれた。


彼の名前が出た瞬間。


あの日のことを思い出した。






「ばいばいした」




「ばいばい?」




「もう現れないって。言ってた、のに」






手を離したのは、


間違いなく私。


繋がることのない手を、


私は未然に拒んだのに。


なぜこんなにも、


引っかかるのだろう。






「何で永森くん、怒ってたのかな…」





「分かんない」






私は何もかも知ることを、


怖くて知りたくなかった。


知ってしまえば、


何もかも崩れる。


そう思ったから。







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