without you
私はクルッと踵を返して、「A-spade」を出ようとした。
幸い、まだエントランスまでしか来ていないから、誰も見咎めないだろうと思っていたのに。
数歩歩いたところで、立川さんと遭遇してしまった。

「木戸さん!おはようございまーす」
「あ・・・おはよ、ぅ」
「あれ?今来たんですか?木戸さんにしては遅いですね。って、これが普段の出勤時間なんですよねぇ」
「あぁ・・そ・・だね」
「ん?どうしたんですか?木戸さん。具合でも悪いんですか?」
「えっと・・・ちょっと、酔ったかも。通勤ラッシュに。だからいつも、早く来てるのにね」
「そうですよねぇ。確かに、あのラッシュはキツいですよねぇ。その点、私は有馬さんの車に乗せてもらってるから。ラクラクです!」
「あ・・・。有馬部長は?」
「地下に駐車してオフィスへ直行でーす。私は受付通っていく方が好きなんですよ。“出勤してる”って感じがするし」
「そう」

結局、タイミングを逃した私は、思い出すように平静を装いながら、立川さんと話しをしながら(いつものように、立川さんがほとんどしゃべっていたけど)、エレベーターに乗った。

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