光のワタシと影の私

聴いてくれる人いるか?!

 鳴宮さん的にはもっと時間が掛かるものだと思っていたらしいが、ワタシとしては早くに写真撮影を済ますことが出来てホッとした。
 もう少し鳴宮さんとおしゃべりしたい気持ちもあったけれど、鳴宮さんも事務所で働く一人の女性だ。他にも多くの仕事があるだろうから、本日はお昼前にて別れることにした。
 携帯も財布もきちんと持ってきているワタシはお昼を近くのファーストフード店にて済ますことにした。
 ハンバーガーとポテトのセットに飲み物はブラックの温かなコーヒー。
 年頃の子だったら、炭酸飲料とかシェイクとかを頼むのかもしれないけれど、ポテトを口にしながら飲むコーヒーが何とも言えず大好きだった。
 まだお昼にしては早かったために店内はどこでも座れるぐらいに人気がまばらだった。
 小さなテーブル席に座ると携帯を取り出し、メールチェックをしていれば別れたばかりの鳴宮さんからメールが届いていた。
 『音源投稿の際にはなるべく貴女らしい画像や動画を一緒に音源を投稿するとより多くの人たちに観てもらえるようになるわよ!ただ、まだ貴女は事務所に所属したばかりの若手だからあまり顔は出さないほうが良いわね。貴女のプロフィールはきちんと仕上げたからいつでも事務所のサイトを覗いてくれればチェック出来るわ。ブログの更新も忘れないように!以上!』
 なんだかんだ言ってもしっかりしている女性だと思う。
 今までに多くの歌手やアイドルを生み出してきた大人だからこそしっかりしているのかもしれないけれど、頼りになるお姉さんだと思えた。
 簡単な返信メールとなってしまったけれど、きちんとメールに返信をすると身体には気をつけるようにと追記の言葉を残してメールを送った。
 お昼ご飯を済ますと、買い物などに時間を掛けるよりもワタシには他にやるべき事があったためにファーストフード店を出ると真っ直ぐに家に帰った。
 意外にも早い帰宅に両親は驚いていたもののお昼ご飯を済ませてきたと告げたワタシは自分の部屋に入り、早速動画サイトに投稿する音源と一緒に掲載する画像や動画について試行錯誤することにした。
 「自分の写真をドンと載せてもつまらないだろうしなぁ…」
 せっかくの動画サイトなのだから動かない画像と一緒に音源を流すよりも何か動いていたほうが音源も楽しく聴いてもらえるだろうとは思いつつも何かパッと思いつくアイディアがなかなか生まれない。
 「好きなもの、好きなもの…」
 すぐに作成する動画が思いつかなかったために先に本日のブログでも更新してしまおうと考えた。
 確かブログは自分好みにテンプレートを変えてしまっても良いと言われていたからブログを自分らしく彩ってみよう。
 メールで届いたアドレスをパソコンで開いてみると本当にシンプルなブログ画面が飛び込んできた。
 名前も無く、本当に真っ白な画面だ。
 「好きなもの…取り敢えず、身近なモノでも使ってみよっかな」
 あまり使うことは少ないが、化粧品(主にマニキュア)や香水の瓶の形を目にすることが大好きなワタシはたびたび買い物に出掛けては新しい瓶を目にし、好みのものがあれば購入することがある。
 『REIは此処にいる!』
 特に意味など無く、ブログのタイトルは適当に考えたものにした。
 タイトルだっていつでも変えようと思えば簡単に変えられるものだから後になってコレが良い!というものがあれば変更しよう。
 ブログ上部を飾る彩りには、いくつもの香水瓶を横に並べた画像を貼り付けることにした。
 …うん、我ながらなかなかに綺麗だと思う。
 プロフィール画像は、さすがにキャラクターもののアイコンを使用せずにきちんと自分の写真を掲載することにした。
 ただ、自分の顔だけを映すのではなく、部屋の棚に飾られているぬいぐるみとのツーショット写真とした。
 年齢なども別に誤魔化すほどのものではなかったから普通に明かし、趣味や好きなものも素直に記入してから本日のブログ更新を開始した。
 『事務所でプロフィール用の写真撮影をしました!ものの数分で終わっちゃったのでワタシも撮影してくれた人もビックリ!これから動画サイトにワタシの今まで仕上げた音源をアップしていきまーっす!良かったら聴いてみてください!』
 …。
 コレは、もはやブログではなく、ただの呟きレベルだ…。
 全然ブログらしくない内容に自分でも苦笑いしながら取り敢えずブログページを閉じるとワタシが一番最初に仕上げた曲のサビ部分を中心に30秒分取り出した。
 30秒なんてちょっと長いCMだと思えばそれだけのモノになってしまうが印象深いものとなればそれだけで多くの人を惹きつけることが出来るようになる。
 ワタシが30秒で出来ることは限られているが、印象付けるためにマニキュアを活用することにした。
 まずは、携帯を使って動画撮影の準備をするとお気に入りのマニキュアの瓶を取り出すと手元だけを映るように携帯の位置を固定して撮影開始。
 左手の薬指だけをマニキュアを使って赤く染めていくという単純な動画が完了した。
 その動画と一緒に音源を合わせて動画サイトに投稿したのだ。
 動画はホント、どうでも良かったけれど問題は曲のほうだ。
 一体どれだけの人たちに聴いてもらえるようになるだろう…?もしくは、ワタシなんかの曲を聴いてくれる人がいるだろうか?
 動画は国内だけに限らず世界中の人たちの目や耳に飛び込んでいくものになるからここで少しでも名を売ることが出来るようになれればCD制作にも移ることが出来るようになる。
 一旦、精神を落ち着かせるために動画サイトのページも閉じると新たな曲作りに没頭していった。
 やっぱり曲を作っているときが一番楽しい。
 歌うことも好きだけれど、自分のために自分だけの曲を作ることも好きだった。
 いろいろな感情、想いといったものをどんなふうに作詞していくか、どんなメロディーを仕上げていくかという作業も時間を忘れて取り掛かることができる。
 ワクワクする気持ちと初めて動画サイトに投稿したという不安が残る気持ちが曲にも表れてしまったのか、少々不安な感情を表す詩になってしまったし曲調も静かで落ち着いたものになってしまった。
 ライブハウスで歌うことが多いためにやはり落ち着いた曲調は避けてきたことが多かったために大人しめな曲調というものは自分にとっても新鮮で、コレは動画サイトへの投稿にも使えるかもしれないと思えた。
 かなりの時間を曲作りに費やしてしまったらしく、もう二時間以上も経っている。
 早めのお昼を摂ったことで少し小腹が空いてきた頃合だ。
 おやつか飲み物でも貰って来ようかとパソコンの前から立ち上がり掛けた際にもう一度だけ動画サイトを覗き、自分の投稿した動画をチェックしてみることにした。
 一人でもワタシの曲を聴いてくれていれば万々歳。
 しかし、結果はワタシの想像していた以上のモノになっていた。
 たった二時間のうちでワタシの投稿した動画の視聴回数が千件を越えていたのだ。
 「え、マジ…?」
 ワタシが一番信じられなかったし、まさかこんなに多く視聴されているとは思わなかったから暫く画面を見つめたまま固まってしまった。
 何人かの人たちからは感想も付けられていた。
 『もっと長く聴きたい!』
 『フル、プリーズ!』
 『マニキュア綺麗!』
 『REIって誰?アマチュア?』
 『歌ウマ!!』
 す、凄い…!
 もしかしたらたまたま目に止まった動画で、たまたま視聴してくれたという人もなかにはいるのかもしれないけれど、それでも感想まで付けてくれる人がいたことに素直に感動した。
 そして、たった30秒の歌では満足出来ずにフルバージョンを求めてくれているという人がいるというのも純粋に嬉しかった。
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