光のワタシと影の私

土曜の奮闘

 学生生活は何の問題も無く送るなか、金曜の夜に鳴宮さんからメールが入った。
 『明日、土曜は時間空いてる?出来ればお昼前辺りぐらいには事務所に来てくれると助かるわ!受付には貴女の名前を告げてくれれば通すように言ってあるから安心して。それじゃ、また明日!待ってるわね!』
 そして、土曜の朝を迎えた。
 学校が無いことで今までだったらずっとパソコンに向かって時間を過ごすところだったけれど、事務所に所属するということできっと今日は何かと必要な書類手続きなどが待っているのかもしれない。
 ワタシとしては書類作業はあまり得意なモノではないけれど、不得意だからといって避けていけるものではない。苦手なものでもきちんとやらなければ。
 「じゃ、行ってきまーす!」
 両親がくつろいでテレビを観ているなかワタシはお昼にまだ余裕がある時間に家を出て行った。
 もちろん両親には話しをして事務所に行くことを説明してある。
 事務所に行くのは二度目。
 まだ、緊張を和らげる方法が分からないワタシは心臓をドキドキさせながら目的のビルに着くと一階の受付嬢をしている女性にREIと告げると事務所で鳴宮さんがお待ちです、とスマイルとともに案内された。
 事務所に行くのにわざわざ大変な階段を使うようなことはしない。近くにあるエレベーターで事務所のあるフロアまで上っていった。
 相変わらず事務所に続く廊下にはあちこちにアイドルのポスター、近々コンサートを開くアイドルの宣伝ポスターが貼られている。もしかしたらワタシも近々このような形で世間の目に止まるようになるのだろうか…。
 「おはようございます、REIですけど鳴宮さんいらっしゃいますか?」
 「あぁ、鳴宮さんなら…休憩所じゃないかな?」
 ちょうど近くにいた若い男性社員に声を掛けてみると一度事務所内を見渡してから鳴宮さんの姿が見当たらないことに気がつくと休憩所と教えてくれた。
 ワタシが休憩所に足を運ぶのが早いのかもしれないけれど、せっかく忙しい仕事の合間を縫って休憩しているところに顔を出すのはなんとなく躊躇われてしまって大人しく事務所の入り口近くで社員の邪魔にならないよう端に立って鳴宮さんが戻ってくるのを待つことにした。
 「!ごめんごめん、お待たせ!REI、よく来てくれたわね。時間帯も、うん!ちょうど良いタイミングよ!」
 「おはようございます、鳴宮さん。今日はよろしくお願いします!」
 「ふふ、まだ何をやるか知らせていないのに良い気合の入り方ね。でも、もう少し肩の力は抜いてくれて良いわよ?今日は事務所のプロフィール作成を一番にこなしてもらうから」
 「プロフィールって、写真とか撮ったりするんですか?」
 「そうね、上半身と全身が映るように写真を撮って事務所のサイトに掲載していくわよ。…うん、服装も特に問題無いみたいね」
 何をするか分からなかったけれど、さすがにTシャツにジーパンでは年頃の女の子としても問題があるだろうと思い、シンプルなワンピーススタイルで事務所に来てみたもののどうやらそれは不正解ではなかったらしい。
 一度ワタシの髪型や化粧具合でもチェックしているのかまじまじと顔をいろいろな角度や位置から見られてから服装を見られると少々擽ったい気持ちにもなったけれど事務所のサイトに掲載される写真も大事なモノだ。
 「じゃあ、早速撮影してみましょう。撮影といっても今日の撮影はプロフィール用のモノになるから本格的なスタジオじゃないから安心して?それに撮影するのは私だから緊張も少しは和らぐんじゃないかしら?」
 「え、鳴宮さんが?撮影もしているんですか?」
 「そうよ~。ウチの事務所は、やれることは自分でやる!がモットーだから。変な話しをすると余計な経費とかは出したくないみたいなの。まぁ、安心して?ほとんどみんなのプロフ写真は私が撮影してきているものだから。じゃあ、こっちに来てみて?」
 透明なガラス張りが多い事務所の中で一角だけ白い壁が広がっているスペースがあった。
 「ここを背にして…そう、立って?…今までいろいろなところで撮ってきたんだけど、ここで撮るのが一番写真映りが良いみたいなのよね~」
 「あ、あの!ワタシ、化粧とかあまりしていないんですけど!?」
 「あら。そんなこと気にしてるの?髪だってきちんと整ってるし、REIはまだ学生さんでしょ?むやみに化粧なんかしたら肌傷めるだけよ~?寧ろすっぴんでもイけるんじゃな~い?ほらほら、立って立って!」
 「は、はい…!」
 白い壁を背にして立ってみると天井からの明かりもちょうど良く顔に当たり一瞬世界がキラキラしているように見えた。
 もちろん世界はキラキラなんてしていないのは分かっているけれど、ワタシの気持ち的なものが世界をキラキラさせて見せたのかもしれない。
 「それじゃ、取り敢えず一枚試しに撮ってみるわよ~!」
 特にカメラ独特のシャッター音が聞こえないことから近くの棚から取り出したデジカメで何のタイミングも取らずに一枚写真を撮られるといきなりなことにびっくりしてしまった。
 写真確認のために撮影した写真をチェックしていく鳴宮さんの表情も苦いものになってしまっている。
 「ふ、っ…ふふ。…緊張しまくりって顔ね?もう~、リラックスリラックス~!はい、吸ってー、吐いてー!」
 何度か深呼吸をして一度肩の力をだらんと落としてから軽く目蓋を閉じ、ライブハウスで歌う前にたびたびリラックスさせるためにおこなっているイメージトレーニングをしてから目蓋を開ければ自然な笑みを浮かべた。
 緊張が和らいだワタシを見逃すことなく再び写真を撮ると鳴宮さんは満足そうに大きく頷いてOKよ!と合図をしてくれた。
 そして、鳴宮さんが少しばかり後ずさりすることで全身の写真を撮影するとどうやらプロフィールに掲載する写真撮影はこれで終了らしい。
 「…案外、早くに終わりましたね」
 「それは、REIが上手く自分でリラックス出来たことが大きいわね。ライブハウスでお客慣れ、人前で歌うことに慣れているからここでも上手く活用することが出来たんじゃないかしら?」
 「えへ、ありがとうございます」
 鳴宮さんはお世辞とかそんなこと関係なく、素直に良いと思ったことは言葉にして褒めてくれる。
 それはとても嬉しいことだけど、ちょっとだけ気恥ずかしくもあって照れくさく笑っていると不意をつかれて目の前で写真を撮られてしまった。
 「REIの照れ笑いいただき~!」
 「あ!ちょ、それは掲載しないでくださいよ?!」
 「ネタとして使わせてもらっちゃうかも~?」
 まるで子どものようだ。
 写真一枚でこんなにはしゃぐことが出来てしまうなんて意外だったけれど新たな鳴宮さんの一面を見れて嬉しい気持ちにもなった。
 「もちろん今撮った写真はプロフには掲載しないから安心してね?私の趣味みたいなものだから。みんなの自然な写真とか集めるの好きなのよ~」
 もしかしたらこういった音楽事務所のなかで働いていなかったら写真を趣味にして、ちょっとした写真家として働いていたかもしれないなぁ…なんて思いながら写真のデータをパソコンに送っていく作業を横から見ていた。
 「さぁ!写真も撮ったし!貴女のプロフィールを考えていくわよ!」
 いくつも存在している棚から名前や年齢、趣味的なモノを記載していく欄が設けられている用紙を取り出されると空いている椅子を二つ並べて近くのテーブルに寄せると一緒に座って用紙を覗き込んだ。
 「…ごめんなさいね?正直なところ、写真撮影は時間の掛かる子がほとんどだったからもっと時間が掛かるかと思ってたの。だから余裕を持って明日も時間を空けておいてもらうように言ったんだけど、どうやらその必要も無いかもしれないわね?」
 人見知りをする人はもちろんのこと、自分のプロフィールの一部となっていく写真を撮るとなったらほとんどの人は緊張してしまうものだ。
 今まで一番時間が掛かった人のなかには数日も時間を掛けてゆっくりと事務所の雰囲気やカメラ撮影というものに慣れさせてからやっと納得のいく写真を撮ることが出来たというアイドルもいたらしい。
 ワタシが撮影に掛かっていた時間は数分ぐらいだったものだからとても差があり過ぎる。
 「名前はー…っと、いけないいけない。コレは、本人に書いてもらわないとね」
 どうやらいつも何かしらメモをしてしまう癖がついてしまっているらしくワタシが書くべき用紙にも鳴宮さん自ら書き込んでいこうとしてしまって慌ててペンを止めるとワタシの目の前に用紙とボールペンを差し出してくれた。
 「名前は、REIとして書き記してくれて構わないから。本名も書いてくれる子もいるけれど、特に絶対書かなきゃいけないってものでもないから省いてくれて良いわよ?住所とメールアドレスは必須。趣味とか特技はパッと思いつくもので良いから。経歴のなかには、高校生って一応記載してからライブハウスで歌ったことがある回数とかいつから歌ってるのか、といったことも書いてくれると助かるわ」
 鳴宮さんの言葉に小さく頷きながら特に困ったことを聞かれているわけでもないので素直にペンを書き進めていくと、ライブハウスではかれこれ数年もの間お世話になっていることと今まで全ての楽曲を自分で手掛けてきたことを記入した。
 一応、記入するところは記入したと自分の目でざっと確認すると鳴宮さんの目の前に用紙とペンを戻した。
 鳴宮さんもワタシの記入漏れが無いかどうかチェックをしてからうん、と頷くとOKと返してくれた。
 「はー…なんだかあっという間に予定していたことが終わっちゃったわね~…。コレ、用紙の内容を埋めるのも時間が掛かる子は何時間も悩んじゃって待つほうとしては大変なこともあるのよ~?」
 特に困ったことを聞かれているわけではない。
 自分の好きなこととか、趣味とかざっと簡単な質問に答えていくだけの用紙なのに記入に困るなんて自分のことをきちんと分からずに生きてきている人もいるのかもしれないと思った。
 「まだお昼前、ね…。…うーん…どうしようかな…。ちょっと早いけど、動作サイトにREIの音源でも投稿してみる?今まで動画サイトに音源を投稿したこととかあるかしら?」
 「いえ、動画サイトは利用することはあっても他の人の動画を観るばかりで…」
 「そう?だったら、大丈夫ね。これから音源を投稿することがあったとしてもREIという名前で挙げること。くれぐれも他の名前なんかで投稿しちゃ駄目よ?まずは貴女の名前を知ってもらうことから始めていきましょう。それから音源全てを投稿しないように!今後のCD売上のためにも音源はサビ辺りの部分、短くてCM規模の15秒もしくは30秒までにすること」
 近年、インターネット上において音源を簡単にダウンロードすることが出来るようになってきているためにCDの売上が伸び悩んできてしまっている。そうすると事務所としても頭が痛いところのようだ。
 「分かりました。じゃあ、今日にでも早速今まで仕上げた曲を投稿してみますね」
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