愛の歌、あるいは僕だけの星

 そんな銀也の毎日は、よほどのことがない限りまるでループを錯覚するような内容で過ごされる。
 家族のことなんて全く省みないような父親のお陰で、高校二年生だというのに半ば強制的に独り暮らしを要されていた。

 ちょうど一年前から住み始めた1Kのアパートは築八年の二階建てで、周囲に立ち並ぶ単身者向けのアパートやファミリー向けのアパートもすべて同じ地主らしく、広大な土地に塀もなく隣接するように建てられている。

 ぎりぎりまで睡眠を優先した朝の食事は、もっぱらインスタントの粉を溶かしただけのホットコーヒーだ。すすりながら洗濯機を回し、晴れていれば外に干し、そうでなければ部屋干しをする。のろのろと制服に着替えて身支度を整える頃には、マグはすっかりと空になる。銀也が何をしなくたって、勝手に騒いで盛り上げてくれるようなバラエティー番組が好きだから、テレビは万年つきっぱなしだ。

 敷地内には手入れのされた色々な草木が混生し、季節ごとに姿を変えるのを見るのが銀也は中々に好きだった。今は、ガーデンチェアの置かれた裏庭の奥にある藤棚が盛りで、春の終わりの活き活きとした緑に映える色彩がとても綺麗だ。

 革靴の踵を踏んづけながら、すんと花の香りを吸い込んだ。ジャスミンがいっとう香る。今この瞬間が、銀也にとって今日一日で最高に心穏やかに過ごせる至福の時間なのだ。

(……我ながら、ほんと枯れてる)

 銀也は小さく息を吐いて、ホームルームにぎりぎり間に合う時間に家を出た。
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