櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ







 大人の人狼であるイーリスは獣の姿になる際大きさを調節できはするが、最低でも人の大きさより小さくなることは出来ない。


 通常サイズで馬の一回り大きいぐらいだ。


 月の出ない朔の夜でさえ、力を開放すれば一軒家を上回り


 満月が出れば小さな森を覆うほどの大きさになることもある


 まあ、そんなことにならないように力を調整するのでそこまで巨大になった姿を目にしたものはいないが。


 しかし、人の大きさを優に上回ることは確か。


 指輪やネックレスなどでは獣化した時に壊れたりしてしまうかなと思ってピアスにしたが、そもそも鋼鉄より硬い体のイーリスの耳に、それはさせるのだろうか。




 密かにそんな心配をしていたルミアだったが、どうやら杞憂だったようだ。




 完全に魔力を調整できている今の彼は、何の躊躇いなく左耳にピアスをさす。


 
(かっこいい...)



 似合うとは思っていたが、予想をはるかに上回るかっこよさ。


 頬の獣傷やがっしりとした大きな体に、真っ黒な魔導石のピアスがよく映える。




「似合うかな?」


「んっ!ばっちり!!」


「ははっありがとう」




 自信満々に、親指を立ててグッと拳を前に突き出すルミア。


 それを見てイーリスは嬉しそうに笑った。

 
 

 


 用が終わったルミアが、帰り際に振り返って言う。




「イーリス」


「ん?」


「こんな事、お願いしていいのか分かんないけど...ユウの体術訓練、手伝ってくれない?」


「ユウ...オーディンのか?」


「うん。魔法の練習をする前にまずは体を作らなきゃいけないでしょ。ラウルにも頼んだんだけどイーリスにもお願いしたくて...」


「いいよ。もちろん」





 イーリスは一瞬のためらいもなく、当然の様に快諾する。



 ルミアは嬉しそうにありがとうっと言って部屋を出ていった。






 閉じた扉を見つめ、イーリスは呟く。



「やるさ...ルミアの為なら、何だってやれる...」




 もう、あの日のような後悔はしたくない、




 力を持っていながら、何もできずに彼女の死を知るなどという事は。


 

 今は違う。


 人狼としても、魔法使いとしても、その力はどこまでも洗練されている




 もう二度とあの地獄のような惨劇は繰り返さない




 頬の傷は全ての《戒め》だ


 あの時受けた、人生で初めての痛みを忘れないため


 最も大切なあの白い女性に同じ痛みを負わせぬため



 この《戒め》と、ピアスに誓う



 ルミアにもらったピアスにそっと触れ、何度も繰り返したそれを、再び心に固く抱く。





 フェルダンの爽やかな風が、獣傷のついた痛々しい頬を優しく撫でていった。






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