櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ









『只今の試合!勝者はフェルダン王国代表、アポロ・ヘリオダス!!!《不死鳥》の勝利です!!!』



会場いっぱいに活力あるアナウンスが流れる。


湧く会場、その控え室にて一息の休憩をとっていたアポロに声が掛かる。



「アポロ様、こちら宜しくて?」


水分補給でストローをくわえた状態のまま、名を呼ばれた当人は視線だけをあげて顔を確認する。


アポロとよく似た、艶やかなブロンドの長髪を大きく三つ編みにした、上品な出で立ち。


少しタレ目の優しそうな目。


グレーの瞳を柔く細めている。


その外見は『ある王国』特有のもの。




天女の住まう楽園

エンジェル・リヒト王国の者だった。



「わたくし、ララと申します」


「……」


「第二試合に出ますの」


「…へー」



チューーー

話の最中もそんな情けない音を立てながら興味なさげに、なんとも失礼極まりない態度で話を聞くアポロ。


そんな様子に、ララはくすりと笑う。


「ふふっ、ここまであからさまに詰まらない顔をされると、逆に気が楽ですね」


「…だってキョーミないもん」


「そうですね、じゃあ聞き流してください。わたし、感動したんです、さっきのネロ様にされていた治癒術に」



ララは世界屈指の医療技術を誇る、エンジェル・リヒト王国の医療班の班長を務める医師の一人だった。


その腕は、治癒術の中で最も困難なものの一つとされる闇の魔法『死の呪詛』を、わずか数分で完璧に治癒できると言うレベル。


文句無しの天才医師、それがララ。


だが、そんな彼女でも、ネロの治療には心惹かれるものがあった。


『常闇の魔力』を持つ魔法使いの、『破壊の神器』による傷の治癒


ララはそんな症例は実際に目にしたことも、まして治癒したことなど一度もなかったからである。



「『常闇の魔力』保持者…闇を始めとするあらゆる魔力を拒絶し、光をも拒絶する至宝の力。唯一欠点があるとすれば、光の魔力による治癒が行えない点。故に負った怪我は自然回復に任せることしかできない。そう、ある書物で読んだことがあります」


触れる魔力をことごとく拒絶・破壊する者に、治癒魔法など通ずる筈もなく。


負った傷が致命傷で、自然回復の見込みがないとすればそれだけで命を落とす。


彼らに有効な治療手段は、未だない。


治癒は不可能である、と。


その書物には、そう記されていた。


しかし


不運にも《破壊》の神器による致命傷となり得る傷を負ったネロを、観覧席から(彼はもう、治療不可能ね…)と諦めを抱きながら見つめていたララの目の前で、このアポロという男は不可能と言われていたそれを行った。




光の魔力を有する術者の血液を用いた、血液媒介治癒魔法─ブラッド・トウ・ブラッド─


数百年昔に行われていたとされる時代遅れの手法だ。


光の魔力をより傷ついたの細胞の深部まで行き渡らせるため、魔力の流れる血液ごと患者に投与し、回復魔法をかけるというもの。


ララも文献でしか見たことがなかった。


現代でそれを行う者はいない。


その方法より、より危険性が少なく正確で、治癒効率の良い手法が数々生まれたから。


ある医者は、その魔法を医学の歴史おける最大の恥だと言う。


そう言わしめるほど、稚拙な治癒術なのだ。


故に歴史から消されつつある。


そんな術をなぜ行っているのか、ララは考えた。


そして気がついた。


手元を離れた魔力をコントロールするのは非常に難しく、それで治癒を行うなど具の骨頂。


だが、利点もある。


血液という魔力とは異なる媒介物があることで患者の中に浸透した魔力が他者の影響を受けにくい。


つまり、魔力の粒が血液によりコーティングされるという事。


(なるほど…)


一見、愚かな行為と取れる方法でも、相手が『常闇の魔力』保持者なら、これ以上有効な術はない。


ララは驚きを隠せなかった。



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