櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ




目の前の試合を凝視するルトの脳裏に浮かぶのは、先ほどのネロを治療していたアポロの姿。


「魔法使いは、自身の核、つまり心臓を壊されない限り物理的な死はない。だがそれは理論上の話。先の試合のように、肉体の殆どが消失した状態で核中心に再生するなんて常識では考えられないし、実行しようとしたところで成功するはずがない」



だから人々は、その昔、『死者の復活』などというリスクと隣合わせの魔法を創った。


ルミアが以前使った、魔術。


不死を望むがゆえに作られた、禁術。


だがあれは一種の強力な呪いだった。


「人々が抱いた不老不死の夢は、夢に過ぎなかった。
だがそれをあのバカはやってのけた。不可能とされていた事を、自己再生魔法を極限にまで究め実現させた。己の感覚のみであらゆる魔術を操るアイツだからこそ、湯水の様に溢れ出る光を持つからこそ、肉体などなくとも感覚でそれがやれたんだ」



天才なのさ、あいつは。


そう言って、オーリングは困ったように笑いながらステージを見つめる。


そこで2人は、念願だった舞闘会での対決を心から楽しみながら火花を散らす。


炎と光と、それに眩むことのない闇とが幾重にも花を咲かせる。


その光景を美しいと思えるほど、それらは何とも言えぬ輝きを纏っていた。









場所は変わり、選手用の控え室兼観覧室。


そこでエンジェル・リヒト王国の騎士ララは、じっとアポロの戦いを見ていた。


(なんて人…噂には聞いていたけれど、あんな、魔力をドブに捨てるような使い方するなんて…ううん、それより、ドブに捨てても尚余りあるほどの魔力を持っている事実…本当に信じられない)



言葉を忘れてじっと見やる。









脳裏にこびりついて離れない、アポロとの会話。


自分は医者ではなく、人の命を奪える騎士だと言っていた。


どこか冷めた意見


けれど、自分も心のどこかで分かっている。


本来両者は混在してはいけない。


医者であり騎士である為には何処かで自分の考え方を曲げなければならなくなる。


そうしないためにはどちらかを選ぶのが手っ取り早い。



(あの人は…騎士である事を選んだ。じゃあ、私は?)



悶々と考え込む彼女の元に、ある声が降って来る。


「おい」


気配がしなかったことに驚いて、慌てて振り向くと、そこには艶やかな黒髪を一つに束ねたサングラスの男が紅の団服に身を包み、立っていた。


一目で分かる。


(『魔王』ジンノ・プリーストン…!!!)


体がぞわりと震え、固まる。


たった一声で息が止まりそうになった。






緊迫した空気が流れる中、それをたやすく破る、明るい歌うような声が部屋の中に響いた。


「兄さん、何してるの?」


「あ?」



ジンノと同じフェルダンの団服、雪のように白く絹のように長く美しい髪、海の底のように深いの碧の瞳。


綺麗な人。


それが彼女の第一印象だった。


「兄さん、お手洗いもう少し先だよ」


「…ああ、そうか」


「やだ、もしかして早くも老化?呆けてきた?もうどうするの、まだ三十路にもなってないのに…私兄さんの介護なんてやだよ、まだ。やりたいことたくさんあるのに…」


「ボケてないわ!やかましい!!」



白い女性の繰り出すわざとらしい仕草に、ムキになって返事をする魔王。


目の前で交わされるやり取りに思わずポカンとしてしまう。


ちょうど四年前、前回の舞闘会で目にした彼の姿とは大違いだったからだ。



(あの頃は…本当に野獣の様な目をしていたのに。なんて、…なんて、柔らかな表情をしているの

なんて、温かな目をしているの…)


まるで別人。


この人は本当にあの魔王かと、失礼にも疑問を抱いていたララは、再び彼の真っ黒な瞳がこちらを向いたことで、はっと我に返った。


(ああ、やっぱり怖い…)


などと思われていることなどつゆ知らず、ジンノは口を開く。



「あんた…エンジェル・リヒト王国のララ王女だな」


「…!!」


「えっ、王女様…!?ごめんなさい、目の前で失礼な態度を!」


ジンノの言葉を聞き、慌てて頭を下げるルミア。


対してジンノはそんな真似など一切しない。するそぶりすら見せない。


そんな中、ララは気まずそうに目を伏せた。



「王女などと、…わたくしは呼ばれる筋合いも資格もございません」


「…やけにひ弱だな、闘う一族リヒト家のトップともあろう者が」


「?」



ルミアは思い返す。


舞闘会が始まるにあたって各国の情勢や政治、王家の仕組みはあらかた勉強した。


エンジェル・リヒト王国


女性が王位に立つだけでなく、


世界的にも希な、二つの王を持つ国。


女王アンジュの率いるエンジェル家と、ララ率いるリヒト家


この二つのトップによって国は守られ、支えられているのだ。


だが、トップが二つあるということ、それはつまり権力抗争が付き纏うということ。



「十年前にあった王位争奪で、アンジュが王に選ばれた。その時点でわたくしには王女である資格はなくなったのです。…そもそも、リヒト家は闘う一族などではありません。そんなもの王ではなくなった我々の体裁を取り持つ為の仮初の二つ名…それだけです」


灰色の瞳に影が落ちる。


なんと声をかけていいのかルミアが思案していると、ジンノが鼻で笑った。



「ハッ、随分とひねくれてるんだな」
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