櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
Ⅳ*開花





 ◇




「...その手を、離せええぇーー!!!!」





 ユウの雄叫びに近いそれが、部屋いっぱいに響く。



 次の瞬間、彼の体内にため込まれていた魔力が一斉に解き放たれた。





 ユウを中心に、床や壁が、空気が、氷に包まれて行く。



 一気に氷点下まで温度が下がり、吐く息が真っ白に染まって、空気にさらされた肌がピリピリと痛い



 その中で姿を現したユウは先程までとは全くの別人だった。





(あれは...狐?)




 そう、



 あれは狐



 と言っても可愛らしい狐ちゃんではない。



 牙を剥き出しにした、化け狐。



 フラフラと立ち上がる彼は青い髪を逆立て、獣の様に唸り声を上げる。



 氷の衣装を身にまとい、口元には鋭い牙を額には狐の能面をつけ,




 腰元からは氷で出来た巨大な狐の尾らしきものが九本、彼の怒りを表すように生き物のごとく暴れ狂っている。





「...目覚めて早々、『ソレ』を扱うか。流石俺の血を引いているだけはある」



「『ソレ』...?」



「あれは、我らアルシェ一族に伝わる特別な魔法さ。魔法と己の身体を組み合わせることでより強固な肉体と獣のような俊敏な身体を造り上げる。ようは、肉体改造魔法だ」




 魔法の名は、〈牙獣朗々〉



 この魔法の存在が、彼らアルシェ一族が暗殺部隊《オーディン》のボスたる所以なのである。



 



「十年以上魔法を使っていなかったにしてはよく出来ている。だが上手くコントロールできてないな。力の濃さがまばらな上、暴走しかかっている。しかもその姿は、母と同じ『白狐』か...相変わらずお前たちは生ぬるい」





 〈牙獣朗々〉百獣




 
 そうロランが唱えると、彼の身体もユウと同様に青い魔力の炎ウに包まれた後変化を始める。



 その姿は百獣――ライオンだ。



 身体は数倍に巨大化し、筋肉は増幅する。



 鋭い牙をむき出しにして唸る。



 長い髪はたて髪に姿を変え、氷が鎧のように変化して全身がガードされている。



 全てが洗練されており、ロランが言っていた通り今はじめて魔法を使ったユウと比べるとその完成度は雲泥の差だった。

 



「ユウ、闘え。力を見せてみろ」



「グルル...!!...ふう、ふう!」




 苦しそうに息を荒くしているユウ。



 彼は片足を引きずりながら、じりじりとロランに近づく。



 九本の尾が暴れ、ロランを攻撃するがなかなか彼に当たらない。



 祭壇や壁を壊していくだけだ。



 初めての魔法でうまくいかなかったせいもあるだろうが、きっと、相手が父親であることでユウは無意識に抵抗している。



 攻撃を避けている。



(やはり無理か。まったく...期待外れだな)



 ロランは、大きくため息をついた後、自身の手を前に掲げてその掌から鋭い氷の礫を飛ばした。



 そしてそれは



 確実に、そばで見ていたルミアの身体を貫いていた。






 


 ルミアは白い肌を真っ赤な血で染めながら、その場に倒れる。


 
 その光景はまるでスローモーションのようにユウの目に映った。



 真っ赤な血だまりがどんどん広がっていく。



 その瞬間、ユウの中で張りつめていた最後の理性の糸がぶつりと切れる、音がした。





「...ッさまあああ゛ーー!!!!」



 自分の足も、腕もどうでもいい



 ただ、怒りのままにユウはロランにぶつかった。



 鋭く尖った爪を立て、もはや自分の父ではないと判断した男に向かって殴りかかる。



「そうさ!もっとだ、もっと怒りに身を任せろ。殺す気で来い!!」





 その姿はまさしく獣そのもの。



 恐ろしい、血に飢えた獣だった。





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