彼は誰時のブルース
弁当を作らなくていいと言っているが、母はバイトのない日、週に1、2日は作ってくれる。
「行こう、そろそろもう行かないと売り切れる」
七海の声に頷いた。教室を出て、1階の食堂に向かう。その道中、2人の後ろを歩く。
購買横の食事エリアはもう人でごったかえしていた。複数ある売店に向かって散り散りになる。
どれ買おうかな、と下に置いたメニュー表を見ていたら、男子集団が前に割り込んできた。メニュー表が見れない、と顔をしかめた時だ。
「おい、並ばないと駄目だろ」
聞いたことのある声がして顔を上げると、見知った横顔がすぐ近くにあった。
宇野だ。目が合う。彼は驚きもしないので、さっきから私がいたことに気付いていたようだ。
「田之倉さん、今並んでた?」
彼の連れで、1年の時に同じクラスだった男子が私に聞く。困った顔。彼らと同様私も困惑した。日常茶飯事のことだ。実際、ちゃんと並んでなかった私が悪い。
「ううん、まだ並んでない、どうぞ」
なんだよ、と苦笑いを浮かべる仲間が宇野を肘で突いたり肩に手を置いた。
だけど宇野は笑いもせずに、鬱陶しそうに片手であしらって「俺決まってないから、先行け」と不機嫌な顔でそう言った。
仲間たちは不思議そうに顔を見合わせ、首を傾げる。そして、あっそお?と軽い感じで男子達は宇野の肩に置いていた手を離し、購買の列に並んだ。
隣に立つ宇野を右半身で感じつつ、私も男子集団の後に続く数人の女子を挟んで列に加わる。
少し経って宇野も、私の後ろに並んだ。
ここに宇野がいるのは珍しい。この人は、毎日弁当を持ってきているはずだからだ。
奥様会議で、毎日大層なお弁当を作っていると自慢された、と母が愚痴っていた。