やさしい先輩の、意地悪な言葉
「そういえば、最初に俺が『恋愛ものじゃなくていい?』って言ったじゃん?」

神崎さんは、自分の飲み物を一口飲んでから、そう言った。


「あ、はい。せっかく言っていただいたのに、すみませんでした……」

「いや、そうじゃないよ。ゾンビもいいけど、恋愛ものもいいよね」

「え?」

私はうつむいていた顔を、ゆっくりと神崎さんに向けた。


「恋愛もの……観るんですか?」

「うん。普通に観るよ」

「でもあの映画は、原作が少女漫画ですよ」

「俺、少女漫画も読むよ」

「えっ」

意外な言葉に動揺し、それでいてその発言に思わず食いついてしまう。


「少女漫画がお好きなんですか?」

「さすがに特別少女漫画が好きってわけじゃないけど。映画の原作になってると、少女漫画でも読んでみたりするよ。さすがに本屋で買うのは少し恥ずかしいから、携帯で買って携帯で読むんだけど」

「そうなんですか……! じゃあ、今日観ようとした映画の原作の漫画も読みましたか?」

「読んだよ。おもしろかった」

「わあ! 私もあの漫画好きなんです!
二巻の告白のシーンとかすごくときめいちゃって……!」

「俺はねぇ、主人公がファーストキスする時にドキドキするシーンが好きかな」

「あはは」


映画と犬、あと少女漫画。神崎さんとの思いがけない趣味の一致が、今日はたくさん発見できる。

わずかに残ってた緊張も、ずいぶん小さくなった。

今日一日を神崎さんといっしょに過ごすことを、最初はあんなに抵抗があったのに、今は普通に楽しんでる自分がいた。
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