雪降る夜に教えてよ。
ああ、きっと壊れてしまう。

瓦解して、ガラガラと崩れていってしまうんだな。

「桐生さ……」

そこにあったのは混乱したような戸惑い。

何かを否定する光。

優しかった瞳は見えない。

また数段階段を上り、微かに右手を上げた。

離さないでって……約束してくれたよね?

「桐生さん……?」

「ごめん。少し混乱している」

うん。そうだよね?

「今、ちょっと……」

その声にかぶって聞こえたのは懐かしい声だ。懐かしくて、聞きたくない声。

『来るな早苗!!』

階段の上に見える二つの影。それがあの夜の二人を思い越す。

『来ちゃいけない、早苗』

それから言い争う声。

うん。お母さん。お母さんの言ったことは正しかったのかもしれない。

「やっぱり誰も……。信じてなんてくれないんだよね」

静かに苦笑しながら、右手を下す。

『お前さえいなければ』そう呟かれた声と、

「貴女さえいなければ! 叔父様夫婦は今も幸せに暮らしていたのよ!」

綾の叫ぶような声に目を瞑った。

それはそうだろうと思う。思えてしまうから困る。

……遠くに雷の音。

泣き叫ぶ養母と……動かなくなった養父の躯。

本当に馬鹿だ私。

「どうして、私は希望を持っちゃうのかな……」

私が生まれてこなければ、母さんは幸せだった?

私がいなければ、貴方たちは幸せだった?

目を開くと桐生さんの瞳が揺らいだ。

貴方は私よりも綾の言葉を選んだんだね。

それは仕方ないよね。私が甘かった。

下した腕に触れる銀鎖を見下ろして、ふわりと笑う。

クリスマスイブ前夜のプレゼント。

本当に嬉しかった。

それを外して、階段に落とす。

シャランと音を鳴らして落ちたそれを見下ろして、小さく息をついた。

『許さない』そう言った人は誰?

私は許してくれなんて一言も言ってないんだよ?

『私の幸せを返して』そうも言われた。

じゃあ、私はどうすればよかったの?

また目をつぶると闇が広がる。

うん。平気。大丈夫。また元に戻るだけ。

何もなかった頃に戻るだけ、それが出来なきゃ大変だ。

諦めるのなんて慣れている。

だから、そんなに冷たい目をしないで。

あなたにその目は似合わない。

力強く真っ直ぐな綺麗な瞳。とても澄んでいて、優しい瞳。

私はきっと、その輝きが好きだった。
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